今年も待機児童問題でたくさんの親たちの悲鳴が上がっている。
周囲との軋轢と闘いながら声をあげた親たちによって、この問題についてはようやく国が重い腰を上げて動き始めた。しかし、いつまでたっても根本解決する気配がない。

それは、問題の当事者が短期間で入れ替わるからだとも言われている。
その時期を我慢してやり過ごせば、次の問題が降りかかってくるので、親はそちらに手いっぱいになる。だから、いつまでたっても過去に悩んだ問題に関わっていられないというわけだ。

親の失業という、人生を左右するような大きな問題でさえ、そうなのだ。

もっと些細な問題、たとえば学校や園の非効率的なシステムのせいで、親や先生が疲弊する類のものは、表面化すらしない。というか、問題提起しようとしたら、「何細かいことで文句言ってんの。そんな苦労は序の口だし、ちょっとの間なんだから波風立てずに我慢したら」という周囲からの冷ややかな目にさらされて、問題提起した側が悪者にされてしまいがちである。とくに、誰でも入れる公立小学校ならともかく、保育園というのは入園するだけでひと苦労だ。何か不満を漏らそうものなら「不満ならやめれば?」という反論が来るため、保護者は口をつぐむしかない。

そういうわけで、そんな些細な問題に直面したら、陰で愚痴を言いながら我慢することが正しいお作法だとされている。そして、当事者でなくなると、その不満を忘れてしまう。だから学校や園は保護者の不満に気づかないか、うっすら気づいていても本腰を入れて改善しようとしない。それで何年も何年も使い勝手の悪いシステムが運用され続けるのだ。


だからこそ、あえて問題提起してみようと思う。
今から取り上げる問題は、もしかしたら先輩ママはとうに忘れてしまったかもしれない。しかも、すべての保育園児の親が経験するとは限らない。しかし、入園する園によっては、親がとても疲弊する。

その問題とは、「保育園着のダメ出し後出し問題」である。

■ルールを守っているはずなのに、なぜかダメ出しされる


保育園では、たくさんの子ども服が必要だ。
家から着ていく服のほか、園での着替えもいる。少しでも汚れれば着替えるからだ。

そして、保育園着には必ずルールがある。
基本的にどの園でも共通する服装ルールの基本は、
  • 体を動かしやすいもの

  • 安全なもの

  • 着脱しやすいもの

  • 汚れてもよいもの

である。

そのほかにも、園の方針に応じた細かいルールがある。
だから、保育園着は、入園前の説明会の際にルールをしっかり聞いたあとで用意しなければいけない。

私が娘の入園説明会に参加したとき、園から配られた「入園のしおり」には、写真付きで服装のルールについて詳しく説明されていた。
だから、NGとされる服(たとえばフード付きの服、前開きのボタンやファスナー付きの服、スカートやワンピース)を避け、園庭で遊んでいる子どもたちの服装を見て参考にしながら、保育園用の服を用意した。

……なのに。
なんと不思議なことだろう。
入園してから毎日のように担任の先生に呼び止められて言われるのだ。
「お母さん、この服はやめたほうがいいですね」
と。

■服装のルールに不文律が多すぎる!


では参考までに、長女の通う認可園でもらったダメ出しの例を列挙してみよう。
「ジーパンは禁止です。布地が硬くて着脱しにくいです」
「レギンスのようなピッタリとしたズボンは禁止です。脚にフィットしすぎて子どもが着脱しにくいです。裾にある程度の余裕のあるものがいいです。でも裾が広がりすぎるのはダメ」
「うしろにしずく型の穴が開いていて、ボタンにゴムをひっかけて留めるタイプのTシャツは、着替えさせにくいのでやめてください。肩にスナップがついているものはいいです」
「ズボンのウエスト部分に紐が通っているものはやめてください。子どもが引っ張って遊びます」
「ノースリーブはやめてください。冷房がきいた部屋では体が冷えます」

どれもこれも、ぜーんぶ初耳だ。
あれだけ詳しく書いてあった「入園のしおり」にはひとっことも書かれていないし、説明会では口頭での補足説明もされていないのである。

私が特に注意されやすいのか?
まあ、女の子の服のデザインは豊富だし、「かわいいものを着せたいな……」という気持ちもあるので、たしかにそれはあるだろう。しかし、同じクラスの男児の母親も「うちもたくさん注意されるよ……」とこぼしていたから、私だけの問題、女児ならではの問題というわけではなさそうだ。

では、この園が特にうるさいのか?
それもある。というのも、娘が以前に通っていた園ではほとんど服装で注意されたことはなかったからだ。その一方で、現在息子が通っている別の園では、やっぱり入園直後は服装のダメ出しを食らった(園が違うとルールも違うので、子どもが2人目以降でも関係ない。娘の園でよしとされるものも、息子の園ではダメということが結構あるのだ)。

つまりこれは、すべてとはいわない、けれど一部の保育園児の親は経験する「通過儀礼」なのである。

しかしこの、「ダメ出しの後出し」は地味にダメージを食らう。
なんせ、すでに入園に向けて似たようなものを何枚も購入済みなのだ。
別に高いものは買っていないけれど、ぜーんぶパアとなると、やはりもったいないと感じてしまう。休日に着せればいいのだろうが、休日は休日で、園では絶対に着られないワンピースを着せたかったりするしな。

そして、先生に言われたとおりの仕様の服を買いなおすのが結構バカにならない手間なのだ。空いた時間にネットで発注するのだが、届いて初めて「あーっ! うしろにボタンがついてた……」「思ったよりも伸縮性がないぞ」などと気づくこともある。

しかし、実店舗に買いに行く時間を捻出するのはハードルが高い。
比較的時間に融通がきいて、服を買うのがわりと楽しいと感じる私ですら、この買い直しがしんどいと思うのだから、そうでない親はさぞかし大変だろうと思う。

かといって、もらったダメ出しを全部スルーできるほどの図太さもない。そもそも、どのダメ出しも、理由を聞けば至極もっともで納得がいくので、「すぐに言われた通りにしなくちゃ」という気持ちになる。
問題は「ダメ出しをされること」ではない。「後出しされること」なのである。

さらに、このダメ出しは、どうみても注意をする先生自身もしんどそうなのだ。こういう注意をするときは、必ずと言っていいほど「今度買う時でいいですから」というひと言が添えられる。おそらく、本音を言えばもっともっと注意したいのだろうが、保護者に気を遣って、言いたいことの半分くらいしか言えていないのではないだろうか。
つまりこれは、保護者だけではなく先生側にとってもフラストレーションがたまる問題なのだ。

■保育園の先生と親とでは見ているものが違う


それにしても、先生が後出しで注意しないで済むように、もっと細かいルールを説明会のときにしておかないのはなぜなのか。たしかに入園のしおりの記載は詳しかったけれど、それではまったく足りない。はっきりいって、服装ルールだけで一冊の冊子にするくらいのボリュームが必要ではないのか。

おそらく、説明会の時点では、先生自身もここまで注意をする必要があるとは思っていなかったに違いない。それはなぜか。今まで注意された経緯をじっくり検証してみたら、こんな事情が浮かび上がってきた。

1.「着脱しやすさ」の基準が親と先生では違う
うしろにボタンがついているタイプのTシャツも、肩にスナップがついているTシャツも、親にとってはとくに着脱の手間は変わらない。
しかし、何人もの子どもの服を1日何回も着脱させる先生にとっては、この些細な差が大きな作業効率の差となる。
また、保育園では子どもの自立を促す目的もあって、子どもは自宅にいるときより自分で身の回りのことをしなければいけない。だから、大人にとって「着替えさせやすい服」でも、子どもにとっては「着替えにくい服」だったりする。
このように、「着脱しやすい服」の解釈は、親と保育園の先生では違うのだ。

2.保育園の先生は子ども服の売り場をこまめにチェックしていない
「Tシャツを用意してください」という指示をするとき、先生はまるで体操服のようなシンプルな形のものを想定しているはずだ。しかし、実際に売り場に行くと、Tシャツの袖の形、襟ぐりの形はさまざま。そして流行によって、店頭に並ぶ服のデザインは毎年変わる。しかし、当然ながら先生は自分の子が未就学児でもない限り、その年齢の子ども服の売り場をこまめにチェックしたりはしない。
だから、保護者が「これがTシャツ」と思って買ってきた服が、先生の「Tシャツ」のイメージとは違うことが多い。さらに、パッと見た感じで大丈夫そうでも、保育現場で先生が実際に着せてみて初めて、「あ、このデザインは子どもの行動を制限するんだな」と気づくことも多い。

3.年齢によってOK、NGの基準が変わる
園庭で遊んでいる、4歳児や5歳児なら、レギンス状のぴったりとしたズボンを素早く着脱できる。ウエストのところに紐が通っていても、ほかの子が気になって引っ張ってトラブルになることは少ないだろう。
だから、1歳児の親が5歳児の服装を見て「ああいうのは大丈夫なんだな」と判断して似たようなものを購入すると、1歳児にとっては不適切な服になる。しかし、とくに第一子の多くの親は、保育園の先生のような発達の専門知識はないので、それがわからない。
また、そもそも実際に園児が着ている服が、先生にとっての「OKの服」とは限らない。

■改善の優先順位の低い問題が積み重なる


さて、この「保育園着ダメ出し後出し問題」だが、入園から半年ほどで終息した。
その理由はふたつある。まずは、私が「不文律」をようやく体得したからだ。そしてもうひとつは、これはあくまで推測だが、先生との信頼関係(ある意味なれ合い)が生まれてきて、先生側が「ここでまた厳しいことを言って、せっかく築いたよい関係を悪くしたくないな……」と気を遣うようになるからだと思われる。

まあこういうわけで、親としては「のど元過ぎれば熱さを忘れる」ことになり、この「保育園着ダメ出し後出し問題」はすっかり忘れてしまう。
そして、毎年春になると新入園児の親と先生がしんどい攻防戦を繰り返すのである。

この問題、結局現実的な対処法は、こういうことになる。

1.ダメ出しにひたすら耐え、「買いなおし」を繰り返して「不文律」を体得する
2.同じ園で上のきょうだいを通わせているママ友からおさがりをもらう

でもさ、これってどっちも無駄が多すぎやしませんか?
1はまるで、大金をつぎ込んで猛練習した末に景品をゲットできるクレーンゲームのようだし、2は裏で人知れず流通している攻略本を入手できないとクリアできないロールプレイングゲームみたいではないか。

一刻一秒、一銭を争うような育児の現場に、そういうゲーム性は、いらねえんだ……。

あと、先生からはよく「買う前に相談してくださいね」といわれるのだが、これも非現実的だ。そもそも「このズボンは伸縮性が(あるけれど、まだ)足りない」というレベルでダメ出しされることもあるのだ。無駄な買い物を一切しないためには、入園前に先生に店に同行してもらう必要がある。でも、それを実際に要求したら、モンペ以外の何物でもないよな。

だから、この問題を根本的に解決するには、先生がピシーッと指示して、親がその指示の意図することを一発で理解して、まったく無駄なくスピーディーに連携できる、そういう新しいシステムが必要なのだ。

たとえば、
  • 先生が現場で出てきたNG項目を書き留めておき、それを集約する。そして今よりも詳しい服装マニュアルを作って、毎年更新する

  • 体操服みたいな形の、廉価な制服を導入する

  • 先生から見て「これは合格」と思う服のおさがりを保護者から寄付してもらって「園内着」として使っていく

などが考えられる。
もちろん、どの案も突き詰めるとどれも一長一短あるのだが。

で、私は陰で文句を言ってやりすごすよりも、問題を見える化したほうが保護者と園の双方にメリットがあるのではないかと思い、園長先生に問題提起と改善案の提案を行ってみた。

しかし、結果としてそれは却下された。
まあ、なんとなく想定内ではあった。この園は、保護者からの別の要求にはしなやかに対応してくれるので、この問題に関しては改善すべき項目としては優先順位が低い、改善するコストよりも我慢するコストのほうが低いという園の判断だったのだろう。

でもなあ。こういう優先度の低い問題ってほかにもごろごろ転がっていると思うのだ。それらが全く改善されずに積み重なって、親も先生も疲弊している。

ああ、驚くほどの、PDCAの回らなさ。
きっと、今までもたくさんの親が、学校や園に対してこういう無力感を抱いてきたのだろう。
いったいどうやったら解決するのか。あれこれ考えているが、いまだに答えが出せていない。

今井 明子
編集者&ライター、気象予報士。京都大学農学部卒。得意分野は、気象(地球科学)、生物、医療、教育、母親を取り巻く社会問題。気象予報士の資格を生かし、母親向けお天気教室の講師や地域向け防災講師も務める。