少し前、「箸の持ち方がおかしい。お嫁にいけないよ」と小学校の先生から注意されたというツイートが話題になった。

実際に「お箸の持ち方がおかしい人とは付き合えない」という声はよく聞く。
たしかに、食事をして不快かどうかは結婚相手を決めるときに重要だと思うので、「お嫁にいけない」という言い回しの古さはどうかと思うが、そう間違ったことは言っていないと思う。



かくいう私も、お箸の持ち方がおかしい。
2本の箸の間に中指を挟むことがどうしてもできないのだ。
子どものころからさんざん、親からは「お箸の持ち方が変だ」と言われてきたし、私自身直そうともした。正しい持ち方をしたほうが食べ物をこぼさずにうまくお箸を使えるし、そちらのほうが一緒に食事をする相手を不快にさせないことだって頭ではわかっている。

しかし、中指を挟む持ち方はどうしても私にとっては持ちにくくて、結局自己流の変な癖のまま大人になってしまったのである。

まあそんなわけで、「箸の持ち方が悪いとお里が知れる」という言葉を聞くと、「いやいやいや、親には相当厳しくしつけられたけど、それでも直らなかったんで、お里のせいではないんですよね……」と内心反論をしたい気持ちでいっぱいになる。

しかし、テレビのグルメ番組を見た視聴者から、芸能人の箸の持ち方がおかしいというツッコミが入るたびに、「やっぱりみんな持ち方を厳しくチェックするんだなあ……」と思い知らされるのだ。

幸い、私は結婚することができた。夫はそこまで私の箸の持ち方が変だということを気にしない人だったのだろう。だから、「お箸の持ち方がおかしいとお嫁に行けなくなる」という文言は、そこまで気に病む必要はないと思っている。結局のところ、同じ価値観の人同士がくっつくのだから。

しかし、だからといって、「お箸の持ち方が変でも育ちは悪くないし、結婚もできるんじゃ!ドヤァ!!!」と胸を張ることもできないのだ。

結婚をして子どもを産むと、次の課題が発生する。
それは、
「子どもにどうやって正しい箸の持ち方を教えればいいんだ……」
ということである。
やっぱりお箸の持ち方が変だと、子どもが将来恥をかくんじゃないか。交友関係に支障をきたすんじゃないかと不安になるのである。

これについては子どもを産んだ瞬間から悩みはじめた。そして、まるでぶんぶん飛び交う蚊のように、いくら追い払っても頭の中から消えてくれない不安だったのだ。

■プロの教え方に救われる


さて、そうこうしているうちに、娘が3歳児クラス(年少組)に進級し、保護者懇談会が開かれた。そこで、「給食で徐々に箸を使います」という連絡がきた。

あー! ついにこの日がやってきた。
先生からは「おうちでもちゃんと教えてくださいねっ。大人が見本を見せないと」とか言われるんだろうな……。そう思い、気が重くなっている私のもとに、保育園の栄養士さんから一膳の箸が配られた。そして、栄養士さんが極めて論理的に、保育園での箸の持ち方の指導法を教えてくれたのだ。

それを聞いた時の感動といったら!
まさに目からウロコ。この教え方なら、確かに簡単に正しい持ち方ができるのだ。

さらに栄養士さんはいう。
「箸の持ち方の練習は、食事の席でやるよりも、おはじきなどをつまむ遊びとして取り入れるのがおすすめです。食事の席で練習すると、食事がプレッシャーになってしまうんです。保育園でもお箸の練習はやりますが、家でも子どもがやる気になっているのならやってみてください。ただし、無理強いは禁物です。あくまで楽しい雰囲気で、子どものお箸を使いたいというモチベーションを上げるようにすることが大切です」

こうして、子どもが十分に箸を使えるようになったなと園側が判断したら、給食で使ってもいいというお許しが出るという。そんな園の方針のもとで、娘は「お友だちはもう給食でお箸を使ってるの。私もお箸練習するんだ!」とノリノリで箸の練習をし、あっという間に正しく持てるようになってしまった。

つくづく思った。
私の子どもの頃のあの苦労や、長年のコンプレックスはいったい何だったのだろうかと。

そうだ。私は年中組から幼稚園に通っていたんだった。だから、箸の持ち方は園ではなくて家庭での指導だったのである。だから、こんな論理的に教えてもらえなかったのだ。
何度もできないことをののしられながら箸の持ち方を練習させられたし、できないと「お嫁にいけない」「お里が知れる」と脅され続けてきた。
まったく、プロの教え方とは言い難かったわけである。

とにかく、長年のお箸問題があっさりと解決した私の心は、ずいぶんと軽くなった。
まるで梅雨明け宣言を聞いたかのよな解放感である。
ありがとう! ありがとう保育園!


ちなみに、お箸を配られたとき、クラス中の保護者から「えー。どうしよう……」というどよめきが起こった。結構な割合で戸惑っているのである。

それを見て、私は心から安堵した。口には出せないけれど、この問題に悩んでいるのは私だけじゃなかったのだ。誰もが、多かれ少なかれ箸の持ち方にコンプレックスがあるのだろう。
そして、そんなコンプレックスが、保育園のおかげで次世代に受け継がれないとしたら、なんとすばらしいことだろうか。

世間は「お母さんのもとが一番」といいたがる。なんでも母親がやるべきだという風潮がある。しかし、外に丸投げすべきとまでは言わないけれど、やはり家庭が不得意な部分は園や学校の力を借りたほうが、総合的にバランスの取れた人間に育つのではないか。
やはり、子育てはみんなの力で行ったほうがよいのである。

今井 明子
編集者&ライター、気象予報士。京都大学農学部卒。得意分野は、気象(地球科学)、生物、医療、教育、母親を取り巻く社会問題。気象予報士の資格を生かし、母親向けお天気教室の講師や地域向け防災講師も務める。