先日、米国在住の友人が、「アメリカでこのようなサービスが開始したよ!」と下記のリンクをシェアしてくれた。


オンラインでの医師の処方を介して、ひと月分のBirth control(避妊薬)から、Plan B(緊急避妊薬)などを届けてくれるサブスクリプション(月額定額制)サービスとのことで、病院での診療が要らない、月額3.99ドルから始められるなどの合理性の高さに「さすが」と唸ってしまった。

避妊に失敗した、望まない妊娠の可能性がある場合に、緊急時に一定期間内に服用することで、100%ではないものの高い確率で妊娠を防ぐことができる緊急避妊薬は、日本国内では現時点では医師の処方箋が必要であることと、高額(約6,000円~2万円)と、手に取りやすいとは言い難い。

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緊急避妊薬を必要とするすべての人に届けられるように、これまでもキャンペーンや政府への提言を行ってきたNPO法人ピルコンは、若い世代に正しい性の知識を届けるための課題に取り組んでいる。
去る11月12日に衆議院第一議員会館で開催された勉強会「子どもたちの健やかな未来を守る包括的性教育」では、内閣府の各省庁担当者や有識者たちからの情報共有が交わされた。

■思春期の体の変化や妊娠・避妊からポルノに対するリテラシーまで、子どもも大人も学べる動画コンテンツを公開


まず初めに「包括的な性教育」とは何かと疑問に感じる人も多いことだろう。筆者も何となくイメージは頭に浮かぶものの、正確な定義は分かっていなかった。
ピルコン代表の染矢明日香氏からの講演によると、包括的性教育(セクシュアリティ教育)は、性を心理的、身体的、社会的側面から捉え、適切かつ健康的な選択をするための知識、態度、スキル、価値を提供することを目的としたカリキュラムに基づく教育とのこと。

従来の性教育が生殖や避妊、性感染症など、身体を中心とした限定的な内容であるのに対し、包括的性教育は、ジェンダー平等や性の多様性を含む人権尊重が基盤となっており、幼い頃から発達段階に応じて繰り返し・より深く学習していくものでもあり、生命や健康、幸福などを追及する生涯学習のような印象を受けた。


NPO法人ピルコン代表の染矢明日香氏(写真右)


以前、ウェブサイトの『命育』運営者インタビューの際にも、「親である私たち自身も、正しい性教育を学んだ経験がないために、子どもにどう教えていいのか分からない」という問題が話題に上がった。
子どもと面と向かって性の話をするのは気恥ずかしさや照れくささもあるし、「性的指向・性自認」や「性的同意」など包括的性教育が扱う内容について、大人でも正しく理解を得ている人はそこまで多くないかもしれない。

そんなところに大きな助けとなってくれそうなのが、性教育動画「AMAZE」だ。
動画の製作元であるアメリカの性教育NGO「AMAGE.org」の許可を得て、ピルコンが翻訳・吹き替え作業を行い、無料公開しているこれらの動画は、内容そのものは非常に真面目で幅広い。ポップな映像とやさしい言葉づかいで表現されているため、子どもにも保護者にも取っ付きやすいはずだ。
思春期に起きる体の変化や妊娠・避妊に対する知識を改めておさらいするのはもちろんのこと、重要性を感じたのはポルノに対するリテラシーに関する動画だ。



思春期に性への関心の高まりから、裸やエッチな動画を見てみたいと思うことはごく自然なこと、そして現代はインターネットで検索すれば容易にアクセスできるようになっているが、ポルノには誇張した表現や、暴力的なもの、不快感を覚えるものが含まれることもあり、現実とは異なることを知ろう、というのが主旨である。

青少年の性に関する間違った知識は、メディアが発信するポルノの情報やアダルドビデオなどの過激な表現によるところが多いという指摘を時折目にする。
そんなにも間違った情報が氾濫していて、鵜呑みにしているの?という疑問も感じたが、中高生がどの程度性について理解しているかヒアリングした経験もないので、実際のところは分からないもの。
この後登壇した二人の専門家は、それぞれ異なる立場から、青少年の性知識の底上げに携わっている。日々、中高生と接し、包括的性教育の浸透に貢献する、現場を見ている人たちだ。

■自分の体と性を尊重し、自己決定できるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツについて知ろう


産婦人科医の遠見才希子さんは、「気軽に楽しく真面目に性を考える場」を目指して大学時代から全国700ヵ所以上で中高生向けへの性教育の講演会を行っている。
正しい避妊の知識を持っていなかった、あるいは避妊してほしいと相手に言い出せなかったために、望まない妊娠をしてしまった、性感染症にかかってしまったなど、中高生の事例から遠見さんはコミュニケーションの重要性について説く。

パートナー間で対等な関係性を築くことはもちろんのこと、たとえば親が子どもに対して「何かあったら話しなさい」という一方的な態度で接するのではなく、帰ってきたときに「今日はどんな一日だった?」と訊くことも重要だし、遠見さん自身も集団教育での配慮として、講演の場では中立的な言葉づかいや価値観を押し付けないことを心がけているという。


産婦人科医の遠見才希子さん


子どもを産むかどうか、産むとすれば、いつ、何人産むかを自分で決められる、他人の権利を尊重しつつ安全で満足のいく性生活を持てる、など性や子どもを産むことに関わるすべてにおいて、自分の意志が尊重され、自分の体のことを、自分で考えられること、またその権利を指すセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルツ&ライツ(以下、SRHR:性と生殖に関する健康と権利)という考えがある。

元々は家族計画の捉え方を、人口増加を抑制する手段ではなく、一人ひとりの生活や福祉を向上するために情報やサービスを選択しアクセスする権利に転換する際に、生まれた新しい概念だが、遠見さんは、まさにこのSRHRが、今の性教育の現場で重要な考えだと語る。

たとえば近年増加している梅毒の治療薬として海外では推奨されている単体投与で治療可能な筋注製剤が日本では未承認であること、初期中絶(流産)手術において、金属製の器具で子宮内容を掻き出す掻爬法が、正常子宮内膜を傷つけ、不妊などを生じるリスクを抱えているため、WHOから行うべきではないと勧告されている関わらず、いまだに掻爬法が行われていることがあり、経口中絶薬は未承認であることや中絶が非常に高額であるなど、性の健康に関する選択肢の少なさは、SRHRの考えとは相反するものだ。

このほかにも、女性が主体となって選択できる避妊法が少ないことや、子宮頸がんを予防するHPVワクチンの普及率が海外と比べて著しく低いなど、様々な課題点を指摘する中で遠見さんが強調していたのは、これらは決して若者だけの問題ではないということだ。
女性であれば閉経後に更年期の不調に悩まされることもあるし、最近では老年期に性生活でのトラブルを抱える人も少なくなく、まさに性の健康は一生関わっていく問題。

現在は産婦人科医としての仕事や講演活動と並行して、大学院で性暴力・人工妊娠中絶についての研究を行っている遠見さんからの情報発信をこれからもキャッチアップしていきたい。

■誰もが性の当事者。人権教育としての性教育に、人権を守る弁護士として向き合う


山下敏雅さんは弁護士として一般民事・家事事件・刑事事件のほか、過労死やDV、LGBTなど様々な問題に扱う傍ら、東京都・豊島区の子ども権利擁護委員として、区内の中高生センターを訪問するなどの活動を行っている。


弁護士の山下敏雅さん


セクシュアリティをカミングアウトすると家族に否定され、家を飛び出してきた高校生、正しい性知識を持たないまま、中学生の女の子を妊娠させてしまった男子高校生など、数々の中高生から相談を受け、寄り添いながら、「性とはセックスやいやらしいものを思い浮かべる人が多いけれど、それは一部でしかなくて、性とは自分と相手の心と体を大事にすること」と伝えている。

また、自分の心と体は死ぬまで付き合うものであり、性は体やベッドの上のことではない、すべてが当事者であることについても言及し、国籍や障がいの有無、見た目、性別やセクシュアリティに関わらず、誰もが大切にされること、尊重されることが人権であり、弁護士の仕事は人権を守ることで、性教育は人権教育のひとつだと山下さんは語った。


この後の質疑応答では、いま、性教育に関して大人が行うべきことは、若者に知識を与えるということではなく、子どもも大人もフラットに学べる場を作っていくことが双方にとって必要だという認識を持つことではないかという意見が上がった。

裸などの自撮り写真を送ってしまった、携帯のフィルタリングを自分で解除してしまったなど、インターネットやソーシャルメディアが絡んだ性被害やトラブルが多いという報告もあり、私たち親世代の若いころの常識を当てはめるのではなく、大人も積極的に見聞をアップデートしていく必要性を感じた。

このほか関係者のリレートークなど、非常に内容が濃く、最新の事例に触れられる勉強会が昨年12月から定期的に開かれている。子どもの性教育という視点だけではなく、性の当事者として知識を深める上で、参加をおすすめしたい場だ。

NPO法人ピルコン ― PILCON
https://pilcon.org/


真貝 友香(しんがい ゆか)真貝 友香(しんがい ゆか)
ソフトウェア開発職、携帯向け音楽配信事業にて社内SEを経験した後、マーケティング業務に従事。高校生からOLまで女性をターゲットにしたリサーチをメインに調査・分析業務を行う。現在は夫・2012年12月生まれの娘と都内在住。