きょうだい喧嘩でよくきくのが、「上の子が作り上げたものを下の子が壊して喧嘩勃発」というもの。たいがい上の子は怒りに震えて下の子に手をあげ、親に止められるか、怒られるのが分かって手を出せず、泣き寝入りして場がおさまる。どちらにせよ、過ぎれば親はそこまで気にしないものでは。

我が家も例にもれず、下の子である娘は、上の子である息子がつくりあげたレゴの大作へ興味津々に手を伸ばし、壊す。別部屋でつくっても、親が止めても必ず壊す。私は無頓着だったが、兄は着々と妹へどす黒い恨みを溜めていったのだった……。

今回お伝えするのは、近年の子育てにおいてNGと思われるけれど、ウチに平和をもたらした兄弟げんかをおさめる苦肉の策だ。極限状態に達した息子の心へは、正論なんて響かなかったのである。

さて、先ほどの話に戻ろう。

労力をかけて築いたものを無に帰された息子は「元に戻せー!!」と娘へ真っ赤に泣いて怒る。白目をむいたまさに鬼の形相で、時には過呼吸のようになって殴りかかる。我が家では、炭治郎と禰豆子の命をかけて互いを思いやるきょうだい愛(※『鬼滅の刃』参照)とは真逆の、お互いを疎ましく思う肉弾戦が展開されているのであった。

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※画像はイメージです

数年前、あまりの息子の激しさに保健所に相談すると「上の子には『悲しいね』の気持ちに、下の子には『触ってみたかったんだねー』と寄り添って言動で表す」というアドバイス。……うん、そうしてきたつもりでどうやらあまり効いてない。いや、私がうまいことできないらしい。

■息子の狂暴化を止める手段は


ある時、息子が「仕返ししてやる!」と娘を叩いて、娘が作ったものをいくつも壊した。聞けば妹が生まれてから5年間、ずっとガマンしていたものが爆発し、過去の悔しさが芋づる式に出てきたようだ。

妹が悪いのに、ママは怒らない。
毎日、妹がママの隣で寝ていることが気に食わない。妹がどうしてもママがいいというから隣の場所を譲ってあげていたけど、それもズルい。

オレだけ小学校の宿題があってズルい、妹がデザートを食べてズルい(自分がいらないと言ったのに)。アレもこれも全部、ズルい。こんなの不公平だ!!

息子は先に生まれているぶん、親を独り占めしてきたはずだが、そんな事実は知ったこっちゃない。むちゃなことを言っている自覚もない。

見えているのは、ママに甘える妹と、それをかわいがるママ。
妹と喧嘩になったらオレを叱るママだ。

「妹へ仕返しをしたい、死んでほしい」
息子は泣きながら言った。

ご存じのように、辛くて興奮状態にいる人に、「仕返しはよくない。死んでほしいなんて悲しい」という正論をぶっても、しょせん正義の押し売りの暴論となる。この時も息子の感情をあおっただけで、問題は解決せず、彼はぷいっと夜に家を出ることがクセになった(そのあと私は、娘の手をひいて探しにいく)。夏の頃だった。


じつは私も同じような経験がある。4歳下の弟と喧嘩になると、何かにつけて「おねえちゃんだから我慢しなさい」と言われたものだ。幼心にも「ハア? 好きで先に生まれてきたわけじゃねーし」と思いながらも、親には太刀打ちできない。悔しい思いで引き下がり、ぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめていたものだ(家出はしなかったけど)。

だから上の子には、そんな思いをさせたくなかったし、そうしない自信はあったはずだったのに。彼に「死」というワードを言わせてしまう環境に、私は加担しているのだろうか? その時私は別のストレスも抱えており、非常に疲れていた。エネルギーに限りがあるアラフォー母にとって、子からの攻撃や不調ほど疲労するものはない。

それからも「妹がズルい!」が続くので、私は家事するフリして息子と娘をじっっくり観察し始めた。アホらしいけど、ワンオペだと気を入れないと目が足りないのである。すると娘が巧妙に兄へちょっかいを出している場面を何度か目撃した。兄のことが好きゆえの手出しだが、やられる方は迷惑だ。

一方、息子は娘を大嫌いだと言いつつ、発案した遊びを褒めて協力してくれるよきパートナーとしてもみているようだった。「遊びがうまくいっている」ときばかりは、炭治郎と禰豆子になれてほほえましい。


ある夜、また長男の怒りが爆発した。耳元で過呼吸ぎみに泣き叫ぶ息子。耳が痛い。存在が重い。私はイライラを通り越して茫然自失となった。

そして私たちは電気もつけず、真っ暗やみのなかで話した。なぜか世間話から始まり、私はナイーブな大人に接するように言葉を選んでいた。

そのとき息子が「妹がズルいという思いがどうしても消えない。妹が死んでくれるなら、オレも死ぬ」と、とても穏やかに言ったものだから、私は「わかった、じゃあ仕返ししよう」と言うしかなかったのである。

不思議なもので私が仕返しに前向きになると息子は「いや、仕返しはいけない」「ダメなことだ」と言いだす。頭では分かっているらしい。それでも結局、気持ちがおさまらないのだからここで退いては意味がない。

脳裏にハンムラビ法典の「目には目を、歯には歯を(復讐は同等程度にとどめるべし)」がよぎり、世界は報復の戦争と口論であふれていることを思い出した。ド正論を子どもだけに課すのは酷。私は目の前の壁を超えることを優先した。

かくして我が家には「ルールを守った仕返し」はOK!という決まりが試行されたのである。
【仕返しのルール】
・仕返しするときは「今から仕返しをします!」と高らかに私の前で宣言すること(エスカレートした場合止められる)。
・仕返しは、何かをされて3分以内に、同程度にすること(5年前の恨みを蒸し返すのはNG)。
・仕返ししたら、そのまた仕返しをされることも覚悟すること。
・これらは、私たち3人の間だけで行うこと。
・おまけ:ママの隣には交代で寝ること(※私が真ん中で寝ると両方から押しつぶされて眠れず、生活に支障が出るので定員は1名なのです)。

■「仕返しOK」生活の末に


その後、娘は仕返しをされて泣くことが増え、そのぶん息子が怒ることは減り、私も子どもたちから叩かれることが減った(私、けっこう子どもから叩かれていたらしい……!)寝る場所も交代となり、私は息子とスキンシップを取ることが増えた。

2ヵ月ほどたつと「仕返し」という言葉は聞かれなくなり、きょうだいバトルはぐんと減った。息子は家出をしなくなったし、私は別のストレスからも距離を取ることに成功していた。先日、久しぶりに会った友人家族からも、息子と私が穏やかになったと言われた。

なぜこうなれたのか?
これは仕返しが、息子のわだかまりを溶かす一手になったことが大きい。私が「仕返しOKにしよう」と言った瞬間に、息子の5年間にわたるパイプにこびりついていた汚れの大半が流されたのだと思う。息子が私に一番してほしかったことは、禁じ手をOKするほどの「あなたの味方だ」という強い意志表示だったからだ。

こうして清々した気分の息子がベースとなり、娘のちょっかいが減ったこと(娘の場合は仕返しが抑止力です!)と、私のストレスが減ったことが加わって、平和になったのだろう。


何度も言われているけれど、「育児は教科書どおりに行かない」ことを私たちは時々忘れる。
大枠はあるけど、幅広くて個体に適用できないことがあるのだ。だが、私たちは子の年齢ぶん向き合って、観察して、試行錯誤してきた結果、身に沁みて得た、我が子専用の「地雷」や「癒し方」を知っている。育児のプロでなくても、現場の経験から最適な答えを持っているはずだ。

それが大正解じゃなくても、大間違いじゃなかったら、アリではないか。
子どもと一緒に苦悩して適度な距離感でそばにいられたら親の資格はあると言いたい。衣食住を担保し、子どもたちに「自分を見捨てない人間が世の中にいる」と認識してもらえたら、それで役目のほとんどは果たしているのかもしれない。

だが、言うは易し、行うは難し。親は(少なくとも私は)未熟だ。息子が鬼と化した遠因には、私の抱えていたストレスにもあったと思う。私のメンタルはヘラいので、家庭や仕事に何か問題が起こればたちどころに理性の飛んだ鬼になり、その牙が弱い立場の子どもへ向くのである。それは虐待の構図と同じで悲惨だ。

だから私は親でいられるために、ストレスから逃げられるだけ逃げて正気を保つことにした。これから立ちはだかる壁にも逃げるか、ギャアギャアいいながらひとつずつ超えていくスタイルをとるだろう。何もかもうまくやろうと欲張らない。育児柱(※)には到底なれそうもないのだ。(※柱とは『鬼滅の刃』凄腕剣士の最上位の階級)

斎藤貴美子
コピーライター。得意分野は美容・ファッション。日本酒にハマり、Instagramの#SAKEISAWESOMEkimikoで日本酒の新しい切り口とコピーを思案中(日本語&つたない英語)。これからの家族旅行は酒蔵見学。二児の母。