001今年の4月、東京23区内にありながら閑静な住宅街が広がる練馬区にひとつの認証保育所が新たに誕生した。その名も「まちの保育園 小竹向原」。この園を経営するのは松本理寿輝(まつもとりずき)さん、1980年生まれの30歳だ。

松本さんは大学卒業後、大手広告代理店に就職。教育関連企業のブランディングなどに関わったのち、自らも経営経験を積むべく独立。そして、学生時代から志していた幼児教育の実現のため、2年前から「まちの保育園」の設立準備に携わり、この春ようやく開園と相成った。初年度入園希望者も予想以上の人気で、まずは順調なスタートをきることができたという。
「まちの保育園」は園舎もモダンな造りだ。内装は木と石とレンガで作られ、保育室には仕切りがなく(乳児室は別)開放感にあふれ、異年齢の子ども同士での関わりが持てるようになっている。園庭には遊びを規定するような遊具は一切置いていない。

また敷地内にベーカリーカフェを併設して、文字通り“まちの”保育園として地域住民との交流の接点にしているあたりもユニークだ。これは松本さんが大いに影響を受けたというイタリアの幼児教育メソッド「レッジョ・エミリア・アプローチ」の要素を多分に取り入れたものという。
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松本さんは世界各国の幼児教育メソッドを研究していくなかで「レッジョ・エミリア・アプローチ」に出会ったが、同時にそもそも日本では幼児教育全体のグランドデザインが描かれていないのでは、ということを大いに疑問に思ったという。最たるものが幼稚園(文部科学省)と保育園(厚生労働省)で所管する官庁が違うという、いわゆる「二元行政」の問題だ。

もちろんそれぞれの歴史的経緯はあるものの、時代のニーズが変容しているにもかかわらず、何より社会(大人たち)がしっかりと子どもに対してビジョンを描くことができないていない現状に、もどかしさをおぼえたという。とはいえ、制度の壁を超えたり業界のしがらみを覆すのはそう簡単なことではない。そのためまずは、自分が行動者となって実践するために、自ら保育園を立ち上げるに至ったそうだ。

「幼児期の教育環境は理想的な社会や人間を作るための礎です。でもそうした理想的な社会や人間像は、特権的な誰かが決めるものではないと思います。それこそ社会を構成するあらゆる立場や価値観を持った人たちが導いていくものであり、決定的な答えはすぐに出るものではないでしょう。だからこそ、その答えを求めて対話や議論を重ねていくことが大切で、そこにまちぐるみの保育が有効だと思い、それが今の社会のニーズでもあると考えています。」(松本さん)

003松本さんに将来についてうかがった。「まずは、この園をしっかり軌道に乗せてスタッフと一緒に理想の保育環境を完成させていくことです。そして将来的には、幼児教育の未来を築く軸となる人材を育成することに取り組みたいと考えています。子どもたちをどう導きたいかのビジョンを描ける人間、その上で経営的感覚も身に付けた人間が幼児教育に携わることで、幼児教育関係者の社会的な地位をもっと底上げできると思うからです。その未来に向けた実践の場としても、『まちの保育園』の存在意義があります。」

現在、多くの園では創立時からの経営者が高齢化し、時代の変化と親のニーズを受け入れられずに、園の運営維持だけで手いっぱいで、幼児教育や制度のありようを考える余裕すらないケースが多いという。

さらにどの経営者にとっても、教育理念と経営のバランスがいちばんの課題だそうだ。一般企業のような業務の効率化も難しく、とくに私立園の保育士・幼稚園教諭の労働環境と待遇はお世辞にもいいとはいえない。きれいごとだけではなかなか済まない世界である。

ただ松本さんのように、幼児教育への熱い思いと経営経験を持ち合わせたような人材が異業種から参入することで、幼児教育に対する社会の注目を集めることはもちろん、幼保一元化問題や保育事業への民間参入制度の課題も、これまでになかった視点や発想でクリアしてくれるのではないかと期待している。

まちの保育園

深田洋介深田洋介
学研の編集者、AllAboutのWebエディターを経て、サイバーエージェントの新規事業コンテストでは子育て支援のネットサービスでグランプリを獲得、その後独立。現在は子育て・教育業界×出版・ネット媒体における深い知識と経験・人脈を駆使して活動中。2001年生まれの娘の父。