ikumen

“イクメン”の意味が分からない。

正確に言えば“イクメン”というラベルが指し示すところの意味が分からない。その言葉自体はすでに社会性をまとい、ひろく認知もされ、承前として使用されまくっているのは知っているものの、いまひとつピンと来ない。空疎な響きの中にエッチなつけ麺(ちょっと伸びてる)を想像してしまうくらい、イメージが沸かない。

無理やり人間を想起しようとすると、皆「白いフレッドペリーのポロシャツをユニクロチノにインしてかわいいベビを乗せたマクラーレンを押し歩く、笑顔のひろみちおにいさん」になってしまう。それってちょっとステキっぽいけど、実際何をどうしたら“イクメン”なんだかやっぱりサッパリ分からない。

と、モヤモヤしていても何ら生産性はないので、まずは正確なところの“イクメン”の意を捉えてみたいと思う。謙虚に。その後に謹んでディスらせていただいても遅くはないだろう。
改めてグーグルにて、約1,840,000件もの検索結果の筆頭に輝く日本語俗語辞書を紐解く。と、「イクメンとは、育児を楽しむ男性。育児を積極的に行う男性のこと」とある。だいぶんスーパーザックリ感。補足として「イクメンはユーキャン新語・流行語大賞にて、2010年のトップテンとなっている」アップ・トゥ・デイトな言葉であることが分かる。(ちなみにその「受賞者はタレントで4児の父として産休を取ったつるの剛士」だそうで、時代はひろみちおにいさんでは既にないらしい。残念。)

なるほど。“イクメン”とは「育児を楽しみ、積極的に行う」男性なのであって、特に「父親」を指してるって訳じゃないのだ。はじめて知った。

でも、じゃあ「育児を楽しむ」女性はどういうのー、と、あらゆる定義にその対義語を求めてしまうライター根性にて逆張り「イクウィメン」をぐぐってみた。すると、あのグーグル大先生をして、僅か52件の検索結果しか出ない。

「もしやウィメンがまずかったか」と怯んで英語コンプレックスを圧し、「イクウーマン」で検索し直す。約561,000件も釣れたものの、端から予見可能なエロワード、若しくはベ「イク」ドチーズケーキが好きなウーマンと出る。ベイクド……。

念の為「イクマン」でも検索してみたところ約3,770件、「育男」と銘打つサイト筆頭。以下、愛知県知多郡東浦町の地名らしきものが居並ぶ。すみません、間違えました。

戻ろう。“イクメン”の定義詳解の冒頭に、「イクメンとはイケメンが変化したもの」との記述を見て微笑まないわけにはいかない。「イケメン」由来じゃ仕方ない。そもそも「イケメン」の対義語「イケウィメン」からして無い。

あっそうだ「イケてる」で言えば“イケダン”という語もあったんだった。これはグーグル大先生をして約173,000件も引っかかる今とってもイケてる呼称であり、その意味も「イケてるダンナ」の略、と、ある意味そのまんまではある。

“イケダン”、かの光文社発行の女性誌『VERY』の造語で、「仕事をバリバリとこなしながらも家族を大切にする」「奥さんを手助けすることに躊躇しない」「外見もイケてる」「ファッションも手を抜かない」といった条件を備えた夫を指しているらしい。……世の中には人間離れした生物もいるのだ。


さてと。ごちゃごちゃ掻き混ぜてないで、ここらで白状してしまおう。

筆者にとっては、“イクメン”という語に「ちょっとステキなイケてる感」を盛り込みたかったその感性自体が、そもそも意味不明なのだ。“イクメン”にしても、実は“イケダン”にしても、そう名づけることで対象者(男性、夫、父親)を、「全く褒めているような気がしない」。

定義こそザックリでも、実際“イクメン”の誉れ高くあるためには多様なハードルを越えていく必要がある。例えば、仕事から早めに帰ってきて、赤ん坊を風呂に入れるなどという場合。浴室で妻が運んでくる赤ん坊を待ち受け、「ガーゼでちょいちょいと拭きながら湯に浸けておしまい」程度では、今日日どうやら許されない。

父自ら赤子の服を脱がせ、己の身体洗い洗髪並行しながら子どももシッカリ石けん泡立て垢の一筋も残さず洗い上げ、きちんとタオルに包んで湯取りしオムツをして服を着せるところまで単独で行えなければ、賞賛には値しない。何故なら「その程度のこと、母親なら毎日やっている(やれている)当たり前のことだから」だ。

果たしてこのような、「子どもを育てているならば為すべき当たり前のこと」を行うに際して、いちいち「エンジョイして」「積極的にネ」と第三者に言われなければならない状況、「“イクメン”ですネ」と評されることが良しとされる境涯というのはどうなのだろう?

子のオムツを替えたときに手にちょっとウンが付いちゃう営為を悲しまないで楽しんでとか、人から(主に子どもの母親から)ぐじゃぐじゃ言われてから何かするかとかしないとか、お腹が出てなくて髪もフサフサでうっかり高校時代から着てるボタンダウンシャツを今でも羽織っちゃうなんてありえないとか、バッチリ昇進しながら育休とっちゃうくらい優秀で年収1000万オーバー当たり前とか?

そういうのって結局、基本的にどうでもいいことじゃーないですか?
「人の親」になること、あり続けることにとって、「もっと大事なことはそこじゃーない」でしょ?

“イクメン”。

一見、素敵素敵キャッキャと男性を「持ち上げる」ため発明された語のようでありながら、その実、ビミョーな違和感を醸し「育児するような男性、父性の否定」を惹起、むしろ負のプロパガンダを世に散らす意図が隠された語なのでは……?

その先にあるのは何? 少子化対策? ずばり「少なく子を産むようにする化」?

なんて穿ちだしてしまったらまるで陰謀論かしらんと一人ごちつ。読者諸賢の内に普通にガンガン育児しつつも“イクメン”なる呼称を返上する父はないか。代替すべき適切な、誇り高く、広く心を打つ呼び名を発案された方もあれば、ぜひとも一声かけて欲しい。

藤原千秋藤原千秋
大手住宅メーカー営業職を経て2001年よりAllAboutガイド。おもに住宅、家事まわりを専門とするライター・アドバイザー。著・監修書に『「ゆる家事」のすすめ いつもの家事がどんどんラクになる!』(高橋書店)『二世帯住宅の考え方・作り方・暮らし方』(学研)等。8歳4歳0歳三女の母。