子育てにiPadやKindleは必要だろうか、という声が米国から上がっている。「そうだよ、オレだってまだiPad持ってないのに」、とかそういう話とはちょっと違う。

「子どもの○○を育てる」という謳い文句で手軽なアプリが雨後のタケノコのように市場に顔を出し、親が知育系アプリや絵本アプリをiPad上で走らせて子どもに与えるのが、特に北米では日常化している昨今、そこへ「意識の高い」親たちがNOを唱えているそうだ。
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その親たちというのが、先進国に住みながらにして文明の利を放棄し自然に還れと唱える自然信者や、田舎の手作りログハウスで自給自足生活を送っているような隠遁者、はたまた神と会話するのを特技とするシャーマニズムの信奉者なら不思議はない。

しかし実際には、その声はシリコンバレーを背後に持ちIT産業で潤うサンフランシスコから上がっている。当の親本人たちも、既に本も新聞も雑誌もKindle やiPad、iPhone上でしか読まないような紙媒体を放棄した人々だ。

キトキトの電子物質主義にまみれた電子ガジェットのヘビーユーザーが「子どもには紙の絵本のページの質感がやっぱり大事」とかそれらしいことを言っているのだから、電子書籍業界はこれを無視できないのではないか。
(For Their Children, Many E-Book Fans Insist on Paper : ニューヨークタイムズ紙 11月20日)

いの一番にiPadを子育てに導入していたアメリカ人とカナダ人

ちなみに筆者は、気がつけば環境はアップルで統一されていた。しかし熱心なApple信者ではないのでiPadはまだ買っていない(だが2ヵ月に1度の頻度で購入を迷うことは認めなければならない)。英語が公用語でないスイスにいた時は、流通コストがかかるためにKindleやiPadで英語の電子書籍を購入しようかと迷っていたが、英国に来てからはそんな心配もなくなって購買熱は一旦落ち着いた。

しかし在スイス時代、筆者の周囲でいの一番にiPadを子育てに導入していたのは、他でもないアメリカ人とカナダ人である。発売早々にiPadを手に入れ、自動音声で読み聞かせる絵本アプリや足し算引き算アプリ、アルファベットやフォニックス(綴りと発音の基本連関ルール)のアプリを搭載。ゲームやビデオ、映画もどっさり載せて、車移動中や兄弟の習い事の待ち時間など、スキマ時間に子どもに「これやってなさい」と与えていた。

まぁ確かにアメリカ人は男児3人の母、カナダ人は大学生から幼稚園生までの5人きょうだいの母で、経験からかなり子育てが大雑把になっていたことは否めない。しかしお互いに「そろそろウチにアップル株が一株くらい送られて来ないかしら?」と笑い合うほど、それぞれの家には複数のiMacにiBookにiPhoneにiPodにiPad、一人一台と言ってもいいくらいのアップル製品が溢れていたことは特筆しておく。

幼児用電子書籍の売り上げは書籍全体の5%以下で大人の5分の1以下

ことほど左様に電子漬けで、いかにも疑いなくiPadを小さな子どもに買い与えている北米の親ではあるが、しかし8歳以下の幼児用電子書籍の売り上げは、幼児用書籍全体の売り上げの5%以下に過ぎない。大人は全体売り上げの25%であるから、その5分の1以下となる。

ニューヨークタイムズ紙の記事では、自分は電子漬けなのに子どもには電子書籍でなく伝統的な紙製の本を薦めたいと思う親の考えを「ダブルスタンダードである」と素直に認めている。

紙の書籍とのふれあいは「情緒的かつ知的体験」

紙の書籍にあって電子書籍にないものは、本の大きさや形、紙のページの質感。それらが「情緒的かつ知的体験」(ナショナル・ルイス大学教授ヨコタ・ジュンコ氏 - ニューヨークタイムズ紙記事より)となって、子どもに何かを教え、子ども時代を豊かにすると考えているが、大人になってからはそれらを放棄することにためらいはない。

アマゾンなどの仮想書店が出現し、出版不況の上にさらにアマゾンが電子書籍も扱うとなって書店業界の売り上げの落ち込みが激しいが、書店も激しいうねりの中、「物理的(リアル)書店」の特徴と強みを生かして生き残るべく試行錯誤を重ねている。中でも児童書籍コーナーの可能性に、どの「物理的書店」も気づいているはずだ。

独特の雰囲気をもつ書店の児童書籍コーナー

子連れで書店に行き、「立ち読みして来ていいわよ」と子どもを放つ(治安のいい国限定)。その間大人も好きな本を物色し、子どもが「ママこの本欲しい」と一冊くらい持ってきても、親は「本ならいいか」と財布を開いて買い与える。この「本ならOK」という、「本>おもちゃ」思想はどうしたことか時代を超えて強固なものだ。

また、児童書籍コーナーはちょっとした育児サークル的空間も呈している。大手の書店では小さな子ども用椅子や机、場合によってはちょっとした知育おもちゃを配したり、書店員や著者による絵本の読み聞かせ企画を催したりすることも。子どもの来客数はそれほど落ちこんでいないどころか、来客数の少ない今となっては大切な主流客ともなり得ている。

しかし、親の本音はまた別の所にないか。筆者の住まいの近くには小さな児童書の専門書店があって、大変に愛らしい店構えをしている。ウィンドウディスプレーも魅力的で、セレクションも良い。

「アマゾンの方が安いよ」

ある時ふらりと子ども用の本の相談に行き、オススメ本を検索してもらい、丁寧にメモ書きを渡してもらって「検討します」と店を出たが、私の脳裏には「これアマゾンで注文した方が絶対安いよな」という確信犯的考えがあった。申し訳ないが、時に数十%も値段に開きがあれば、背に腹は代えられない。

また英米の学校には、親が書籍を注文するとその注文額の数%が学校にバックされる、ブッククラブというものがある。しかし我が子の教師は親切にも「アマゾンの方が安いよ」と言いながらブッククラブのカタログを渡してくれるので、身も蓋もないなぁと苦笑するしかない。

「物理的書店」の開架式ブラウジングと、アマゾンのような「仮想書店」の閉架式ブラウジングにはそれぞれのメリットとデメリットがあって、それは私たち消費者が一番良く知っているはずだ。

電子書籍よりも紙の絵本を子どもに与えたいと思う親でさえ、どの本を買うべきかという見当さえつけばアマゾンで安く購入したいと思うのが人情だ。電子書籍でも紙の書籍でも、結局ソフトとハードを狡猾に両方押さえたアップルとアマゾンが市場を握っているわけで、それに最も苛立っているのは「物理的書店」だ。

子どもには紙製の本で学んで欲しいと思うのはノスタルジーなのか?

しかし、既に紙製の本で何かを学んだ親が、自分はKindleやiPadで電子化の便利さに身を任せても、子どもには紙製の本で学んで欲しいと思う潮流には筆者は共感する。紙の本が好きだ。それは内容や読書の体験だけではなくて、本の装丁や紙質や匂いや持った時の仕草、小脇に抱える面映さ、本にまつわるすべてが好きなのだ。

それはただの保守なのか? ノスタルジーなのか? ひょっとするとそうなのかもしれないが、私は画面上で長編の本を読むことに未だ快適さを感じないし、Kindleよりも紙のペーパーバックを持っているほうが心理的に軽くてラクだと思うたちだ。

子どもにも、重かろうとも紙の本を読んで欲しいと思うし、それが現状では当たり前だと思っている。いまこの時も出版社は幼児用書籍をせっせと電子化し、飛び出す絵本はインタラクティブアプリの体(てい)となって順次市場に出て行くのを待っている。電子書籍が浸透するにつれて、子どもの世界でも電子書籍への抵抗が薄れ、主流となる日も近いかもしれない。

とはいえ告白すると、子育て中の親としては、
「本ってパーソナルな体験なんだ。紙の本で学ぶということは、食器を使って食事をするのを学び、オマルでトイレするのを学ぶのと同じように“子どもが必ず通るべき道筋”だと思うんだ」
という、前述のニューヨークタイムズ紙記事にあるサンフランシスコの父親の言葉に強く共感しつつ、その頭の片隅で新型Kindleの発売やiPadのクリスマスキャンペーンに心を揺らされもしているのであった。


河崎環河崎環
コラムニスト。子育て系人気サイト運営・執筆後、教育・家族問題、父親の育児参加、世界の子育て文化から商品デザイン・書籍評論まで多彩な執筆を続けており、エッセイや子育て相談にも定評がある。現在は夫、15歳娘、6歳息子と共に欧州2カ国目、英国ロンドン在住。