海外赴任で、それぞれの家庭の親が何を一番真剣に考えるかといえば、「食べ物どうする?」「テレビどうする?」ではなく、たぶん学齢期の子どもの語学教育だ。

子どもが小さければ、言葉の違いは比較的容易に乗り越えられ、子どもは親なんかよりもよほど早く言語を習得してしまう。それを「気がついたらいつの間にかペラペラ」と無邪気に言うひとがいるが、なぜなら、それは真の意味での「第2言語」ではないからなのだ。

子どもが小さければそれまでに身につけて来た日本語の語彙も少なく、新しい言語を習っても、二言語のギャップが小さくて済むからだ。

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大変なのは、既に日本語で思考し、読み書きし、自分の意見や意志、物事の隅っこやひだをかなり詳細に表現し、ある程度まとまった社会生活を過ごして来たような、小学校高学年以降の子どもにとっての「第2言語」である。

日本語ができるだけに、新しい言語をまっさらから始める時、そのギャップは小さい子どもに比べて当然大きい。その分、「何となく」いつのまにか身に付いちゃった、ということにはなりにくく、「喋れるようになりたい」という本人の意思が大切だ。


新しい言語への耐性や適性というのは、人が元々持っている性格に負う部分が大きいだろう。新しい文化や、他人への興味がもともと強い人、またはコミュニケーション好きで自己主張欲求が強い人なら、「知りたい」「伝えたい」という思いに突き動かされて、語学を習得することができる。

これは大人でも子どもでも同じで、平たく言えば「おしゃべり好きな人ほど、語学の上達は早い」。オトナの世界では、語学の上達にはまずその土地の恋人を作れというアドバイスがよくささやかれているが、一考の価値はある。(それで身に付く語学の質も相手次第じゃないのというイジワル老婆心はさておき……)


語学は、まずは相手の言うことに耳を傾けたり、書かれたものを読み解くことで音と文字と意味をパターン化して記憶に定着させ、自分でも発語できるようにする作業である。そのためには、まず他人や、外側の世界への「知りたい」という興味が必要だ。そして自分のことや考えを「伝えたい」という欲求も必要だ。

でも、その興味と欲求を殺して、海外の学校で日本の子どもたちの口を閉ざしてしまうものがある。それは、プライドなのだ。

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夫の赴任に帯同する形でわが家がスイスへ渡ったとき、その町には日本人が見当たらなかった。日本人どころか、東洋人も、そもそも有色人種がとても少なかった。黒人は、スイス政府の政治的な意図があって、まず見かけない。

その町で出会った、幼少を日本で暮らして日本語ができるという同世代のスイス人女性が言うことには、「これでもアジア人はかなり増えたと思いますよ。私が小さい頃住んでいた30年以上前の京都には、町なかに白人なんて私ひとりだった。それと同じ」。

あぁ、日本の伝統的な地方都市にスイス人ビジネスマン家庭が駐在で住むことになったら、同じような「見た目からして明らかに違う」疎外感と、その裏返しの好奇の視線を確かに感じるだろう。

そのスイスの町で東洋人はとにかく目立ち、スーパーでもバスでもトラムでも、とにかくじろじろと好奇心いっぱいに視線が注がれた。

そして、北米の経験があったとはいえ日本から直接典型的なヨーロッパの町へ来た私たちにとって、それは当初大きなストレスだった。

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そんなカルチャーショックをそれぞれに受けながら、二人の子どもたちがインターナショナルスクールに転入したとき、想像どおり日本人は学年に一人もいなかった。英語オンリーの学校に、当時13歳(=7年生)で編入した娘は、当時4歳の息子に比べて、明らかに周囲との語学的なギャップが大きい。子どもが大きくなってからの海外転勤が難しいのは、ひとえにそこ「だけ」に理由があると言ってもいい。

幼児なんて日本語でも英語でもそれほどボキャブラリーのギャップはないけれど、日本語の語彙が相当しっかりしている多感なティーンエイジャーの場合、英語だと自分が小さな子どものようなことしか言えないことに忸怩たる思いを抱いたり、それを恥じたりして、"Silent Period"(=沈黙の期間)に入ってしまうことがある。娘はそこから半年間、文字通り学校で一切「沈黙」した。


もともと大人しい性格で努力家の娘は、いきなり英語だけで行われる、一日8時限の授業によくついていった。だが、クラスのティーンエイジャーの女子たちは甘くない。休み時間やランチタイムに、相手に興味がなければ平気で背中を向けてキャッキャと話す女子グループの輪に入って行くのは、大人でも至難の業だろう。

娘のようにまだ英語を話せない子どものために、インターではESL(=English as the Second Language)の授業があり、英語の時間にはその教室へと集められる。大抵のノンネイティブ生徒にとって、そのクラスは同じように英語のたどたどしい仲間が集まり心休まる場になることが多いものだが、その町にある多国籍企業や国際機関に勤める親に連れられて世界中を転々とする子どもたちが集まるクラスは、実に国際色豊かで積極的であるため、彼女はそこでも臆し、黙り込んでしまった。

いろいろな先生が彼女のことを心配し、「語学を習得中だと、やはり自信もないし、発言できないよね。よくわかるよ」とそれぞれに請け合ってくれたのだが、しかし日本人の中でも大人しい彼女の様子に、「大丈夫なのか、鬱状態ではないか」という心配をする先生もいた。

「朝礼で毎朝様子を見るけれど、とてもさびしいのではないかと思うの。 自信なさそうに一人でぽつんと座っていて」という担任の言葉に心穏やかでいられなかった親は、ついその話を持ち帰って娘に話してみたら、彼女は「そういう風に見えるんだね。人の受け取り方って様々だよなぁ」 と、ティーンエイジャーらしく自尊心を傷つけられたようで、私は自分の愚かさに嫌気がさした。

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ティーンエイジャーにもなると、日本語の相当な蓄積がある。自尊心もある。本当は、「外国語学習」なんてのは恥から始まるのが普通で、初めはとにかく幼児レベルのことしか喋れない。数だってまともに数えられないし、文法なんてめちゃくちゃで、それが当たり前なんだからそれでいい。

でも、高いプライドが邪魔をするとそれに耐えられず、多くのESLや、EAL(=English as an Additional Language)の教室で、黙り込んでしまう子どもたちが大勢いる。


外国語学習の最大の敵は、そんな沈黙と隣り合わせにある「わかったふり」なのだ。本当は分かっていないのに、プライドが高くて聞き返さない。すると、向こうも「聞かれていないから教えない」。で、本人は間違った理解のままで通してしまい、宿題の指示を間違っていたり、授業の日を間違えていたり、持ち物を間違えていたりする。

結果、損をするのは「わかったふり」をした本人である。 たとえ分からなくてもとにかく自分の考えを表明する、コミュニケーション重視のインターの授業では、テストの点は良くても授業中の発言がほとんどないおとなしいアジアの学生は、そのままでは高く評価されない。プライド高く「わかったふり」を続けていても、成績表には顕著にその結果が表れ、ショックを受ける生徒も少なくない。

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幸い、娘には良き理解者がいた。まさにそのEALクラスのカナダ人の先生は、「僕もシャイで物静かでな子どもだったから、よくわかるよ。カナダやアメリカでシャイな子って、日本でシャイでいるよりはるかに生きづらいんだよ、わかるでしょ?」と共感してくれた。

「彼女の規律正しく前向きな学習態度は、高く評価したいと思う。ただまだ英語を学ぶ途中で、発言することに自信もなくしがちな彼女のために、EAL(ESL)クラスこそが、彼女にとって最も“安全に”喋れる環境なのだと教えてあげたいんだ」と言った。「何か分からないことがあったら、必ずたずねるんだよ。そして、クラスのディスカッションにもっと参加して欲しい」。


インターに入学してから半年後、娘のクラスにはアメリカで育った韓国人の女の子がやって来て、二人は日本のアニメや漫画といった共通できる話を媒介に、大の仲良しになった。趣味を同じくする仲間を得た娘は、快活に声を出せるようになって、半年間に渡った長い沈黙に終止符を打つことができ、友だちの輪も広げていった。

絵と言えばあの子、という揺るがぬ評判も得て、あちこちの生徒や先生から引っ張りだこになった。あの半年なんてなかったかのようだった。本人が辛いのはもちろん、傍らで見ているだけの母親も心配で倒れてしまうほどの長い長い冬眠だったのだけれど、新しい季節はちゃんと来るもんだ。


「とにかく、恥ずかしくてもわからなくてもいいから、勇気を振り絞って声を出すんだ。アーでもオーでも声さえ出したら、誰かが耳を傾けてくれるから」

カナダ人の先生のこの言葉を時々思い出す。そして願う。海外じゃなくても日本でも、どこかの教室や部屋の中で独り沈黙する子どもたちが、いつかそこから抜け出して、のどに詰まった勇気を吐き出して声を出せるように、そして仲間を得られるように。


河崎環河崎環
コラムニスト。子育て系人気サイト運営・執筆後、教育・家族問題、父親の育児参加、世界の子育て文化から商品デザイン・書籍評論まで多彩な執筆を続けており、エッセイや子育て相談にも定評がある。現在は夫、15歳娘、6歳息子と共に欧州2カ国目、英国ロンドン在住。