紙が無かった。
トイレットペーパーが。

瞬時に、買い置きが部屋に一切無いことを思い出し、若かりし筆者は「えっ……。」と固まってしまった。


あの時の胸の底が抜けるような思いを、今でもありありと蘇らせることができる。あれは意気揚々と一人暮らしを始めて暫く経った頃のこと。

「トイレットペーパーなんて、自分が買わなくたっていつでも家にあるもの」という、強い思い込みの先で遭った悲劇。「あー消耗品ってホントに消耗するんだー」というしょうもないことに便座上で感心しつつ、「さてこの尻はどうしたものか」と思案した……まあその後のことは皆まで言うまい。

思い返すに、実家を出るまで筆者は「家事」というものを一括り小馬鹿にしていた節がある。筆者は、女児でありながらも「家の手伝いはいいから勉強をしっかりしなさい」と親に言われ長じたクチだ。家事一切は母が担っていたが「そんなの当たり前」。「しっかり勉強し、しっかりした仕事に就くためには、家事を手伝っている余裕なんかない」そう信じて疑わなかった。

でも手伝う余裕もないくらいの負荷である家事のことを、「あんなことは誰にでもできること」「やろうと思えばすぐにでもこなせること」だと見くびっていたのだから、認識の中には妙なねじれがある。まあ手伝いたくも、やりたくもなかったことにもっともらしい言い訳をしていただけだ。単に面倒くさいから。


母の体調が悪かったりして、幾ばくかの家事を片付けなければならなくなったとき(洗濯物を干すとか、買い物とかその程度のこと)、筆者は「何で私が“こんなこと”しなきゃならないの」という「怒り」を覚えていたことを思い出す。

そして一人で暮らし始め、“こんなこと”のすべてを自分がやらなければならないという現実に対峙しながら、筆者は折々で「お母さんがいれば“こんなこと”しなくて済むのに!」という不遜な苛立ちをやっぱり覚えていたのだった。


親元に暮らしていた当時、そして家を出た直後ごろの、あの「生活」への当事者意識の無さというのはいったい何だったんだろうか。我ながら首を捻る。よほど「生活」が他人事でないと、「どうして自分が“こんなこと”を?」とはそうそう思わないだろう。

とはいえ、実家にいる間、親から手ほどきを受けることもなかった「小馬鹿にしていた家事」は、その後いちいち筆者の日常生活を滞らせ、それをこなさんとする己の無能ぶりに落胆させられることになる。

「誰にでもできる程度こと」の多くを、筆者は、最初からは、全然できなかったのだ。

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鼻歌を歌いながら作った味噌汁にはどういうわけか味が無く、馬鹿でもできそうなカレーは何故か水のようになった。焼くだけのハンバーグは外見黒焦げ、中は生焼け。さらにアホでも出来そうな「サッポロ一番」すら、マトモなラーメンの様相ではなく伸びたパスタのように仕上がった。

洗濯をすればクシャクシャ、色うつり。とっておきの服が台無しになった。換気扇の電気代を節約したら風呂場があっという間にカビだらけになったし、忙しさにかまけて布団を干さなかったら布団もベッドマットもカビた。

生ゴミを捨て忘れて実家に帰り、戻って来たら部屋でゴキブリが繁殖していて卒倒した。あの日は、しみじみ人生に絶望したものだ……。

筆者は民法の授業で習った「行為無能力者」という用語にかけて、オノレを「家事無能力者」と自嘲するようになった。ホントに何もかもマトモにできなかった。その事実は、小娘の鼻っ柱を完全にへし折った。

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ところで家事の「さしすせそ」と言われる、「裁縫」「躾(育児)」「炊事」「洗濯」「掃除」。時代に応じてその負荷内容には大きな差があるにしろ、この五柱自体は未だ重く家事を担う者の背にのしかかっている。何故だろう?

かつて家庭で裁断縫製しなければならなかった衣類一切は市販品が主になり、躾は教育という名のもと換骨奪胎され、家電による時短が行き届き外食レトルト豊富な食事情、洗濯機に「入れるだけー」の洗濯に、掃除機&ルンバちゃんにお任せできる掃除……とくれば家事なんてものは「屁でもない」「余裕シャクシャク」になっても良さそうなものではないか。

でも全然、みんながみんな楽には、なれていない。何故なんだろう?
この問いに対しては回を改めて触れてみたい。


さて、「私は家事無能力者……。」と自覚したあの年から数え、ぼちぼち20年になる。家事は「やろうと思えばすぐにできること」では決して無かったが、「やろうと思えばだんだんに出来るようになること」ではあった。だからおかげさまで、多少はスキルアップできた。多分。当社比だけど。

思うに、所詮「自分で自分のお世話だけしていれば良かった」18歳の家事に比べたら、三児の母親になった現在の家事の負荷は当時の想像にも及ばない「メガ家事」とでも言うべきものだ。

週に2回も回せば上等だった「洗濯&干す&取り込んで畳む」など今や1日に2度3度と洗濯機を回し続けなければならない状態だし、干さねばならぬ布団は5人分になり、コメもトイレットペーパーもあっという間に消耗され、掃除機掛けも日に1回では足りず、食器は食事のたびにシンクを埋め尽くす。

こうなると無能でもなんでも、家事は手当たり次第にどんどこ回さなくてはならない。誰かが回さなくては、「生活」できない。でも決して有能でない自分だけでそんなもの抱え込んだら、ハッキリ言って自爆する。筆者は自爆しかけたので、この点には自信を持って言う。


「いやしかし母のように全部自分でやらなければ良妻賢母とは言えないのでは……?」という根深い自縄自縛を解くのに、筆者は恥ずかしながら10年、かかった。でも「もう良妻賢母じゃなくていいです」と自らを諦めた。ていうか随分図々しい目標を掲げていたものだと可笑しくなったのだ……「良妻賢母」だって……うわぁ……すいません。

緊縛を解いたら、楽になった。当たり前のように。だからもう「今日はもう無理~」とメーコブ並みにヘタレることも、サボることも、家事代行も厭わない。「厭わないぞ」と、そう思っているだけでも、幾ばくかメンタルも、違う。

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基本的に、日々の家事はやれるところまではやる。誰かが回さないと仕方がないからやる。でも白旗は早めに揚げることにしている。筆者がもともと大きくないキャパシティの限界まで頑張って頑張って、その挙句ブチキレることを、家族は望んでいない(とか言いながらやり過ぎてキレて家族が不幸な気分になることは、まだ結構あるんだけど)。

専業主婦家庭で育った家人は結婚するまでほぼ家事は何もしない人だったけど、「やろうと思えばだんだんに出来るようになり」、今では筆者以上に熟達した。共働き家庭で育っている我が家の子どもたちは「家事を手伝うのは当たり前」という思想の元に長じているので、過日の母親のような家事無能力者にはならないはず……まあ、なってくれるな……と願っているところではある。


先日昼、トイレから「最後の一個ォォォ!」という叫び声が聞こえた。リビングにいた筆者と家人は「あ。」と顔を見合わせ、「確かに無い。」と頷いた。

トイレから出てきた娘は「シングルロールでいいよねッ?!」と言いながら、即行500円玉を持って近所のドラッグストアに走ったのであった。「生活」に対する当事者意識バリバリな彼女は、母のように、×××(=自己規制)で拭くことになることは無いだろう……。


藤原千秋藤原千秋
大手住宅メーカー営業職を経て2001年よりAllAboutガイド。おもに住宅、家事まわりを専門とするライター・アドバイザー。著・監修書に『「ゆる家事」のすすめ いつもの家事がどんどんラクになる!』(高橋書店)『二世帯住宅の考え方・作り方・暮らし方』(学研)等。9歳5歳1歳三女の母。