「保活」とは「保育園入所活動」の略である。「ほかつ」と書くと何だかぬくぬくして和む言葉だが、実態はギスギスでピリピリで、「昨日の友は今日の敵、今日の敵は入所後の友」という複雑な状態だ。

第一子の時は引っ越し先での保育園探しだったために、ママ友ネットワークも無く、「あの家が入れてなぜウチがダメなの!」といったせめぎ合いは無かった。しかし、第二子は「同じ保育園生の下の子で、すでに0歳児クラスパンク目前」なのだ。

筆者も現在、下の子は無認可で分園となってしまった。娘を送った園で、0歳児クラスを恨めしげにのぞきこむ。赤ん坊を抱いて保育園行事に参加している、すべての人がライバルに見える……は、さすがに無いが、お互いに「どうだろうねぇ、入れるかなぁ」と愚痴をこぼし合う。


都市伝説もどきが飛び交う「保活」対策


行事の後は、「第二子保活成功ママ」のまわりをぐるっと囲んでレクチャーを受ける。

「書類だけじゃあかんねん、事情を書いた紙をホッチキスでばつーんと止めて出す!」
「それは『○○保育園が好きです♪』みたいな内容ですかッ!」
「ちがうッ!『絶対に同じ園じゃないとダメな家庭の事情』を切々と書くねん」

他にも「担当者を決めて毎回その人を指名する」「申し込みは朝早い方が話をきいてもらえる」「夫婦で行って本気度を見せる」など、複数の人から色んなアドバイスを受けた。

「入れへんなら、それはもう仕方の無いこと。また次を考えなしゃーないやん? でも、『やれるだけのことはやった』って思いたい」

このセリフは、公立保育園の保育士であるお母さんのものだ。そのぐらい「保活」は我が地域ではシビアになっている。自治体が基準を公表していないため、「公務員やから入れたんちゃうん?」と邪推していた。……申し訳ない。

基準もよくわからない、競争率もわからない、都市伝説的な対策や情報が出回り、疑心暗鬼のカタマリになる。

上の子の園長にきくと、「マンションが増えたこともあって、0歳児の見学はとても多いです。がんばってくださいとしか言えません……」との答え、近所に奇跡的にできた新しい園に見学に行くと、そこもすでに定員いっぱい。

役所の担当者は、「今年、新規を2園作ったんですが焼け石に水です。明らかに数年前より増えています」……ああ不況、みんな必死だ。

「毎日担当者に突撃作戦」をする勇気は無かったが、書類だけは丁寧に作って、いざ、申し込みへ。しかし午後に行ったらすでに長蛇の列、「2時間待ち」と聞いて、スゴスゴと引き下がった。

バトル最前線で考える「保育園は誰のため?」


翌朝、一番で出直す。

その日は執筆仕事だったが、あえてスーツにヒールに仕事カバン。自分なりに考えた「保活ファッション」である。「アタシ忙しいんですの、めっちゃ仕事してまっせ」感を押し出す。自営業は止まれば死ぬ、しかも筆者宅は嫁の収入8割、家計のため産休もほぼナシでやってるのに、服装で「ラクそう」などと判断されては割に合わない。担当の女性にも、できるだけにこやかに接する。

しかしそのとき、そんな私の小細工をあざ笑うかのような母親が、待合室に現れた!

茶髪の盛り髪に目力メーク、ケータイを耳に当てたまま、「うわ、なんかめっちゃ混んでる!」と叫んで部屋の空気を一変させた。

担当者に「これって並んでんの?」と携帯を離さずきく。
「はい、整理券をお配りしています(渡す)」
「35番!?どのぐらいかかるん?」
「1時間ぐらい……だと思います」
「なんなん、ありえへん!」

今度は電話の相手に「ちょー、なんか1時間かかるってさ、意味わからんし」と告げ、担当者に「書類は書いて来られましたか?」と聞かれて首を振る。机とイスの場所を促され、どっかと座ると、ざーっと書類をめくりながら、「うっは、ナニ書いていいかぜんっぜんわからんし!ヤバ~」と電話の相手とゲハ笑いしている。

(「保育園入れてもらいたかったら、もっとちゃんとした方がええで!」)と教えてやりたい気持ちと、(「あの家が通ってウチが落ちるのは勘弁」)という黒い考えが同時に浮かぶ。彼女の様子が気になりつつも、ブースに呼ばれたので、こちらは面接に入った。


隣のブースからは、夫婦で担当者を責め立てる険しい声が響いてくる。

母親「だ・か・らッ!ウチはどうしてもM保育園じゃないと物理的に無理なんですよ!」
父親「第一志望以外も書くと、そっちに回すんじゃないの? 平等に扱うって言うけど、保証できんの?」

担当者に、決定権は無い。でも、責めたくなる気持ちはわかる。保育園の数や保育の選択肢が幅広ければ、自治体主導のベビーシッター制度や一時預かりが安価であれば、こんなイヤな想いを双方せずとも済むのに。

ひたすら低姿勢の自分の担当者に、「これから長い一日ですね……」と同情の言葉をかけて切り上げる。ベストを尽くしたか、と言われたら悩むが、今の自分の精一杯は伝えた。


……それにしても、なんて不毛な戦い。

待合室に戻ると、相変わらずケータイでしゃべりながら、書類を殴り書いているさっきの若ママがいた。
「もーマジ、子どもウザイねん」とぼやく彼女は今、どんな子育てをしているのだろう?

もう一人、自宅近くの子どもを思い出す。母親の姿はなく、祖母と父親しか見かけない。3歳ぐらいで、いつも携帯ゲームを握りしめている。


保育園は、働く母親のためでもあるけれども、それ以前に「子どものセーフティネット」なんだ、と思い出す。保育園でまともな食事をする、生活リズムを作る。王子様・お姫様になりがちな子どもも、集団生活の中で思いどおりにならない場面を学んでいく。

「こういう事情の子どもがいます、譲ってやってくれませんか?」と言われれば、知恵やお金を出せる方が何とかするしかない、とは思う。虐待に憤るなら、これもひとつの「できること」だ。

でも、「あなたのお子さんの代わりにこの子が入れて、健全な保育を受けています、ありがとう」なんて情報は入ってこないし、あの家が良くてウチが入れなかった理由の説明も無い。だから、まわりが全部ライバルに見えてくる。

「保活」が当然の現状こそがクレイジー!


保育園の選考過程はブラックボックス。そして自営業者の私に、「就労証明書を偽装して」という依頼が来ることもある。断っているが、誰かがきっと書いてあげるのだろう。うまくやってるズルイやつは許せない……不安が募るほどに、どんどんダークサイドに落ち込んでいく。私だって、もっとしんどい立場の人から見れば、「ズルイやつ」なのかもしれない。

自分だけ、入れればいい。

寒空の中、電車と徒歩で遠い園の6ヵ月児を迎えに行き、上の子をさらに別の園に拾いに行き、月末に夫のパート代を吹っ飛ばす保育料を払いながら思う。「はい、今は正直、とにかく同じ園に入れてほしいと切実に思います。ウチだけでも何とかしてほしいと思います」……それが本音。

でも、色んな親の状況を見聞きするにつれ思う。

みんな入れればいいね。


……いやいやちゃうやろ、それ以前に「入れない」状況がおかしいやん。
うっかり慣らされてるけど、なんだ「保活」って!?

絶対変だよ日本の保育、ただいま選挙真っ最中、キレイごとのワークライフバランスだの子育てしやすい国だの言葉はどーでもいい、同情するなら保育園を建ててくれ!


山口照美山口照美
広報代行会社(資)企画屋プレス代表。ライター。塾講師のキャリアを活かしたビジネスセミナーや教育講演も行う。妻が家計の9割を担い、夫が家事育児をメインで担う逆転夫婦。いずれ「よくある夫婦の形」になることを願っている。著書に『企画のネタ帳』『コピー力養成講座』など。長女4歳・長男0歳(2012年現在)