いまだに肌寒い日も多いパリだが、ようやく日中は20度を越える日が多くなってきた。
動きたい盛りの小さい子どもを持つ親としては、暑すぎず、寒すぎず、外で遊ばせるのにちょうどよい天気だ。

幸い筆者が住む界隈は、子連れのファミリー層が多く、近所に公園も多い。
秋冬は休息期間ということで芝生には入れなくなるが、春になるとそれも解禁、子どもだけでなく、大人のピクニックにももってこいだ。

公園には管理人も常駐していて、定期的に見回りをしているのも見かけるので、つねに比較的きれいに整備されているのもありがたい。
もうすぐ2歳になる息子の雨の日の家の中での遊びっぷりに、アパルトマンの隣の部屋と真下の部屋からほぼ同時に騒音の苦情を受け、だいぶ凹み気味の筆者としては、息子が寝る時間までずっと公園にいたいくらいである。

ある程度の規模の公園ならば、たいてい芝生とベンチがあるだけのだだっ広いエリア、すべり台やシーソー、砂場などもある遊具エリア、から成る。

前者は芝生でハイハイする赤ちゃんから、水着姿で日光浴をする若者(とも限らないが)、ベンチでのんびりとくつろぐお年寄りまで、幅広い人々が楽しんでいる。

後者は歩けるようになったくらいの子から、小学校にあがる前くらいの子どもたち。公園によっては、年齢別に遊具のエリアが分かれており、比較的小さな子から楽しめる遊具もある。

我が息子も、以前は芝生エリアで走り回ったり、階段を上り下りするだけだったが、最近は遊具エリアにも興味を持つようになってきた。

早い時間であれば、比較的のびのびと遊べるのだが、幼稚園や小学校が終わる16時を過ぎると、一気に子どもが流れ込み、大きな子に「どいて!」と押されながら遊ぶ我が子を見てハラハラすることになる。

子どもの数が多いということは、それに付き添う大人の数も多いということだ。
そこで毎回、ついつい目がいってしまう集団がある。大人数で大声でしゃべっているので、自然と目が向いてしまうのだ。

いわゆる「ヌヌー」(ベビーシッター)、正式には、「アシスタントマテルネル」を職業とする女性たちである。


出産後も仕事を続ける女性が圧倒的に多いフランスでは、日本と同様、復帰後の子どもの預け先を見つけるのは簡単ではない。

ただ、日本よりも恵まれているのは、保育園以外にも選択肢があるということだろう。
フランスでも、「クレッシュ」と呼ばれる保育園(公立・私立など、いろいろな形態がある)に預けるのが経済的には一番楽だが、やはり日本と同様に狭き門で、妊娠6ヵ月の時からウェイティングリストに名を連ねなければならない。

そこで、保育園の次に経済的なのが、自分の自宅で子どもを預かるアシスタントマテルネルなのだ。

たいていのアシスタントマテルネルは、外に出る時には二人乗りのベビーカーに小さな子を二人乗せ、そのベビーカーの真横にもう少し大きな子を一人歩かせ、その片手にはベビーカーの柄を握らせている。ベビーカーを押しているため、歩いている子と手をつなぐことができないので、安全のため、ベビーカーをつかませているのだ。

この光景を見ると、大人しくしっかりつかまって歩いてえらいなぁ、といつも思う。
公園では、小さな子をベビーカーに乗せてベンチに座り、大きな歩ける子を近くで遊ばせている。公園でアシスタントマテルネルが気になるようになり、どういう人たちなのだろうかと調べてみた。

ベビーシッターと言うと、依頼人の自宅で子どもの面倒を見る、というイメージだが、アシスタントマテルネルは、自分自身の自宅で、3ヵ月から6歳までの複数の子ども(3人まで)を預かる。

複数の家族が一人のアシスタントマテルネルを共有することになり、当然、一対一のベビーシッターより経済的なのだ。

ちなみにアシスタントマテルネルになるには、何の資格も必要ない。
ただし、認可は必要で、本人の健康状態や子どもを受け入れられるような家であるか、などのチェックを受けた上で、認可が与えられる。

さらに、認可が与えられてから実際に働くまでの間に、60時間の講習(夜間も預かる場合には120時間の講習)が義務付けられている。

何年も学校に通って資格を取らなければならない職業に比べれば、かなり広く門が開かれている職業と言えるが、最低限の研修は受けているプロなのだ。

このアシスタントマテルネル、他にも大きな特徴がある。
日本からパリに来て、住宅街を歩いてみると、ベビーカーを押している大人と乗っている子どもの人種の違いに驚くはずだ。一目で親子ではないとわかる。

乗っている子どもはたいてい白人、押している人は圧倒的にアフリカ系の女性が多い。
長く住んでみると、その次にアラブ系の女性が多く、時にヒスパニック系やアジア系の女性もいることがわかる。

白人のアシスタントマテルネルもいないことはないが、とくにパリに限って言えば、筆者はほとんど見たことがない。

なぜかと考えてみると、やはりこの職業が誰もに門が開かれている、ということだろう。
フランスは移民が多いが、やはり外国人が仕事を見つけるのは簡単なことではない。さらに近年のフランスの失業率を考えると、外国人にはますます不利である。

そんな中、アシスタントマテルネルは、子育ての経験のある女性が特別な資格がなくても、環境を整えれば自分の経験を活かして生活費を稼ぐことができ、需要も十分にある職業、ということなのだろう。

筆者が公園でついつい見入ってしまうアシスタントマテルネルの集団は、アフリカ系女性のグループで、いつも同じ一角のベンチに陣取っている。

見入ってしまうのは、声が大きいからだけではない。
近くに置いているベビーカーの中にいる小さな子はまだしも、遊具で遊んでいるほかの子どもたちをきちんと見ているように思えないからだ。

おしゃべりに興じ、ベビーカーの赤ちゃんが泣けばベビーカーを前後に揺らすが、おしゃべりはノンストップに続く。

激しく走り回る息子を追いかけていた時、寂しそうにフェンスに頭を押し付けて、じっとしている男の子がいて、気になっていた。
まったく遊びに行く様子もなく、長い時間同じ場所から動かず、時々独り言を言っている。
しばらくしてから気づくと、その男の子が砂場の真ん中で棒立ちで泣いている。

近くにいた女性が、「どうしたの? ヌヌーが見つからないの? 一緒に探しましょう」と、例の集団の中に入っていった。

無事その子のアシスタントマテルネルは見つかったようだが、こんな光景を見ると、ますます心配になってしまうのだ展点。

一人ぼっちになって泣いてしまう程度で済んでよかったが、何事か起こっていたとも限らないではないか。

筆者もじっと観察しているわけではないので、たまたま悪いシチュエーションに出くわしてしまっただけだと思いたい。

もちろん、情熱をもって子どもに接し、まじめに仕事をこなしている人たちがたくさんいるし、実際、このシステムはフランス中に浸透し、機能しているのだ。

筆者が見かけるアシスタントマテルネルにしても、公園が忙しい一日の中でほっと一息つける場所なのかもしれないし、外国人として生きている中で、同郷の仲間と過ごす時間に安らぎを求める、というのもよくわかる。(しかしやはり、子連れの母親が見て不安になるような行動は、プロとして避けてほしいものだ……)

このアシスタントマテルネルのシステムだが、ベビーシッターという習慣すらほとんど受け入れられていない日本で浸透するのはかなり難しいだろう。たとえば保育園というのは、組織であり、複数のスタッフで成り立っている。アシスタントマテルネルは、つねに一人であり、すべての判断はその人にかかっている。

万が一問題が起きれば公の機関が介入するが、基本的にはチェック機能はない。もともと知り合いであるとか、よっぽど信頼できる理由でもないと、日本人の母親なら一日中心配し通しで、子どもを預けることでかえって落ち着かないだろう。

妊娠を機に仕事を辞めた筆者は、いつか再就職をと夢見つつ、とりあえずアシスタントマテルネルは選択肢の中から消え(……)、さらに夢は遠のくこととなった。

フォルク 津森 陽子フォルク 津森 陽子
食品メーカーにて営業を経験後、一念発起してパティシエに転身。半年のパティシエ修行で来たはずのパリ滞在が伸び、いつの間にかパリで一児の母に。妊娠後はパティスリーを退職、現在はフランス人の夫の仕事を手伝いながらパリで2011年生まれの息子の子育て奮闘中。