マクドナルドで昼食を終えて、和やかに過ごすママと小さな女の子。しばらくして、お父さんが現れた。突然、お母さんの声色が変わる。

「ねぇ、どうしてメールをしてからこんなに時間がかかるの?」
……もはやさっきまでの優しいママと同一人物とは思えない。諦め顔でやり過ごすお父さん。

夫の前では急に不機嫌になる。子どもとふたりの時は「感じのいい母」でいられるのに。何だろう、あの現象は。正直に言えば私も身に覚えがある……。

■出産前はこうじゃなかったんだけど……


子どもが生まれる前、二人きりの時はこんなことなかったんだけどなぁ……。妻の様子がおかしい、一変してしまった、そんなふうに思うお父さんは多いかもしれない。

そう、子どもが生まれてから、急に「夫への不機嫌」が高まるのは珍しいことでは無い。


妻の不機嫌を見て、これが「育児ストレス」というものか、もしや「産後うつ」?……心配して名付けるのは簡単だ。いやいや、ストレスという言葉で丸め込む前に、状況を整理しよう。

ほぼすべての「母親になった妻」が直面する変化は、意外とシンプルで、かつ劇的なものだ。

●自分のペースで物事を進められる時間がまったく無い。
●自分以外の存在をひと時たりとも頭から離せない。
●自分以外の命がおもに自分の手に委ねられる。

これが一日に5時間ずつとか、短時間の役割として区切れるなら、たいしたことではない。しかし24時間絶え間なく、週末も休む事無く続く。
そして、いつ終わるのかもわからない……。

■不機嫌の源泉


いっぽう夫は、これまで同様、朝仕事に出かけ、夜帰って来る。それまでと変わらぬ時間を過ごしている。

ここに妻として、いちいち腹が立つのだ。

夫が朝食後に新聞を読めることも、ひとりで本屋に行けることも、酒を飲んで酔っ払えることも、好きな時間にトイレに行けることも、仕事に好きなだけ時間を使えることも! 自分のペースで動けるその状態がうらやましくて、なんだかねたましい。

おむつ替えだの、お風呂に入れるだの、子育てのエッセンスが追加されたところで、基本、仕事と家での生活という、切り替えのある生活は続けていられる。それ自体がうらやましいのだ。
そして、その自由度に無自覚であることが、さらに腹立たしい。

私のすべての生活時間や精神は、完全に赤ちゃんの生活ペースに支配されているのに、あなたはなんて気楽なんだ!……不機嫌の、始まりだ。

■「手伝う」ことでは解決しない何か


そんな不機嫌の塊は、妻からは「もっと何かやってほしい」という表現でぶつけられることが多い。そして、夫も「手伝わないから怒っている」と思い「手伝おうか?」と声をかける。それでも相変わらず不機嫌な妻に「こんなに手伝っているのに!」とやる気を失う。

ここで、もう既に何かずれている。悪循環だ。

妻にしてみれば、「手伝う」という発想自体、そもそも赤ちゃんの生活にあなた自身が支配されていないから出てくるのであって、今何をしなければいけないか自分で判断していないこと自体が頭にくる。気楽なものだ!

夫にしてみれば、俺は仕事しなきゃならないし、ずっと家にいるわけじゃないから、何をしていいかわからないし、手伝うって言ったのにそれでも不機嫌で、「なんだよそれ、これ以上どうしろっていうんだよ!」という心境だろう。

そうそう、不機嫌な妻だって、仕事の大変さはわかっている。家事子育てを完璧にこなせなんて要求をするつもりはない。

妻が求めているのは、むしろ、自分の気持ちへの共感だ。
「時間的・精神的に赤ちゃんの生活に支配されている」という妻の状況を理解していれば、自然に出るはずの言葉や自主的な判断が欲しいのだと思う。

そこの理解がないままに夫が提示する解決策の数々や見当違いな言葉が事態を悪化させ、妻は「この人には通じない」という思いを深める。

産後すぐの時期に感じたその不信感は、原体験のように、意外と後をひく。
「全然わかってない」夫に対してイライラしているうちに、自分でも嫌になるほどの不機嫌ループに陥る。

■不機嫌ループを止めることはできるのか


たぶん、万能な解決策は、ない。
ただ、夫が妻のそんな状況を積極的に実感してみることで、この不機嫌ループに小さな切り込みくらいは入れることができるかもしれない。

それには、一日、夫だけで子どもの面倒を見る日を作ってみるのがてっとり早いだろう。

子どもと過ごす時間は、どれだけ気が休まらず、コントロール不能で、かつ、とてつもなく単調か、ということを実感すれば、それを毎日続けている妻の気持ちを想像しやすくなるはずだ。

自分は明日は仕事に行けばいいけれど、妻は、このうすーく、つねに緊張して振り回されている感じがエンドレスなわけね……。

そうすれば、「手伝うから言ってよ」ではなくて、「俺が今のうちに洗っとこうか?」、「なんでそんなに不機嫌なの?」じゃなくて、「大変だね」という言葉が、自然に出て来るようになるんじゃないかと思うのだ。似ているようで、言葉の作用は、まったく違う。

そういうちょっとした表現で、妻が夫に対して「この人は私のしんどさを実感しているらしい」と思えたら、きっと安心できて不信感がやわらぎ、不機嫌に変化が現れるだろう。

■夏休み、耐えるより経験!


ちょうどこの時期、夏休み取得中のお父さん方、おそらく3日目あたりで妻の不機嫌に耐えるのにきっと限界が来るだろう。その前に思い切って、「明日は俺が一日どうにかやってみる。ひとりで好きなことして楽しんできて!」と言ってみたらどうだろうか。
自分が妻の状況を体験して、妻のよどんだ気持ちへの想像力をつけるために。

一日を終えて「いや~、ほんと大変だね、毎日やるってすごい!」「でしょ?」と、お互い素直に言い合えたら、大きな前進だ。
「俺はうまくやり通したよ、コツがあってさ……」なんて言ったり、あるいは「たった一日で大変だなんて甘い! 私はこれ毎日やってるんだからね!」なんて返したり、そういう意地を張らない方が、お互いきっと楽になる。

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そして子どもは、親のどの顔も、全部冷静に見ている。不機嫌な母とそれを黙って受け流す不機嫌な父は、もはや日常風景になってしまっているかもしれないが、この夏、何かほんの少しだけ、変えることが出来るチャンスかもしれない。

狩野さやか狩野さやか
ウェブデザイナー、イラストレーター。企業や個人のサイト制作を幅広く手がける。子育てがきっかけで、子どもの発達や技能の獲得について強い興味を持ち、活動の場を広げつつある。2006年生まれの息子と夫の3人家族で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者。