つい最近、9年ぶり2回目の出産をした。
久方ぶりとはいえ経産婦なわけだが、色々なことを忘れ過ぎていてびっくりした。
入院中、「一応」「念のため」に受けた沐浴指導で、赤ちゃんを振って水滴を落とそうとしたり……(イヌかっ!)、その他にも授乳の仕方、オムツの替え方、悪露はいつ止まるの?出生届ってどうするんだっけ?あっぱれな忘れっぷり……。

どちらかといえば、むしろ「たまひよ 初めての育児」が必要な産婦に、編集様が出産祝いとばかりに送りつけてきたのが、あろうことかこの『産後クライシス』(ポプラ新書)である。シャレてるな……!


思えばこの言葉を初めて耳にしたのはNHKの朝の情報番組『あさイチ』。
毎度チャレンジングなテーマに取り組み、ツイッター界隈を賑わせている同番組だが、この「産後クライシス」の時のそれは尋常ではなかった。まさに産後クライシスがクライシスしていた。

もやもやした現象に名前がつけられたことによるスッキリ感と、可視化された恐怖感、長年蓄積された膿のような感情があちこちで吐き出されていた。産後をきっかけに薄れていく、妻から夫への愛情。それにまったく気づかない夫たち……。

昔から確かにあった、しかし誰もが見ないフリをしてきたこの悲劇こそ、少子化、離婚率の上昇などをはじめとする現代的家族問題の要因ではないかと、この『産後クライシス』は提起している。

本書では、産後クライシスの定義、産後クライシスが起こるメカニズム、そしてその対処法を、妻編・夫編に分けて考察。NHKの報道記者である内田明香氏と『あさイチ』担当ディレクターである坪井健人氏、それぞれの目線で書かれていることが功を奏し、育児ネタにありがちな精神論に偏らず、データを基にした客観的事実と経験に即した素直な感情に沿って、話は進む。


生まれも育ちも異なる人間同士が、ある日突然「夫婦」というユニットを組む、それが「結婚」である。

そして「夫婦」ユニットだけでも大変だというのに、子どもが生まれた途端に、「父&母」という新ユニットが強制的に結成され、「夫婦」ユニットとの掛け持ちを余儀なくされるのだ。

よほど器用なタイプでないかぎり、2つのグループを完璧にこなすのは難しい。
だから女は、「夫婦」ユニットのほうを一旦活動休止にし、「母」活動に専念しようとする。一方で、男は誰もが結婚すれば「夫(妻)」に、子どもができれば「父(母)」になれるものだと信じて疑わない。

「社会」というプロデューサーから言い渡された2つのグループの間で、両者は静かにすれ違い離れていく。本書でも述べられているように、産後クライシスは、「方向性の違い」から起こる悲劇なのである。


がんばる女、気づかない男……この図式は、実は産後以前からずっと続いている。
女性誌の結婚特集をめくれば、どうすれば結婚して「もらえるか」、男たちはどういう女なら結婚して「あげたく」なるのか、が細かく綴られている。

出産年齢を考えれば結婚に前のめりにならざるを得ない三十路女性を、「焦ってる女はみっともない」と嘲笑する空気……。してもらう側と、してあげる側。その格差が出産という革命を機に暴発し、関係性を破壊していくとも言える。


そしてもうひとつ、すでに多くの人が気づいているように、この世にもう「おかあさん」は存在しないのである。
いや、私たちが「おかあさん」と認識しているものが存在しないと言ったほうがいいかもしれない。誰よりも早く起き、誰よりも遅く寝て、決して疲れた顔は見せず、家族のためならどんな魔法も使える、「おかあさん」。

男はかつて自分を包み込んでくれた「おかあさん」を忘れられず、女は自分を追い詰めると分かっていながら、“登録商標”「おかあさん」の既得権益を手放すことができない。男も女も、この姿なき「おかあさん」に脳内を支配され、クライシスに突っ込んでいくのである。
おっかさん、アンタとんでもない悪党っスね……。

そんな夫婦の危機を乗り越えるにはどうすべきか? 「産後クライシス」は、いわば夫婦のリハビリ指南である。「そんなの分かってる」はお互い言いっこなし。危機を危機として捉えることから、夫婦ユニットの活動は再開されるだろう。

なお、積もり積もった恨みはいい感じに発酵し、某婦人雑誌の「今年こそ夫を断捨離」「ビバ婚外恋愛!」など180度方向を変えて襲ってくるからご注意されたし!

西澤 千央(にしざわ ちひろ)西澤 千央(にしざわ ちひろ)
フリーランスライター。二児(男児)の母であるが、実家が近いのをいいことに母親仕事は手抜き気味。「散歩の達人」(交通新聞社) 「QuickJapan」(太田出版)「サイゾーウーマン」などで執筆中。