「子育ての成功は、生まれてきてよかったと本人が思ってくれることかも。」

年上の女友だちがそうつぶやいた。

彼女のお子さんはすでに社会人。お子さんは、小さいときにいじめにあったり大病を患った。そして、経済的に豊かではない思いをさせてきた。
けれども、「毎日が楽しい。生まれてきてよかった」と言ってくれたのだそうだ。

子育ての成功 ――。
「成功」という言葉は大仰なので、子どもがどういう状態でいてくれたら、子育てがうまくいったといえるのだろうかと考えてみた。

筆者には2歳ちょっとの息子がいる。子どもへの願望を、もしただひとつだけ表すとしたら、間違いなく「幸せでいてほしい」と記す。
子どもに「幸せ」と思ってもらえたら、子育てはうまくいったと思えるかな、そう感じた。



親になり、子の幸せを願う気持ちがこんなにも切実なものなのかと驚くばかりだ。
自分の幸せ以上に子の幸せのことを考えていることも多いし、自分の幸せのことばかり考えたときは反省したりもする。

ただ、「幸せ」という抽象的なシロモノ、自分でさえよく分かっていない。
自分が今幸せか問われれば、幸せと言い切れるときもあれば、そうでないことをまくしたてたいときもある。時には「幸せってなんだろう?」と、袋小路に迷い込んだりもする。

けれども、こと子どもの幸せとなると、自分のなかで後ろめたいものがふつふつ湧き上がってくる。私は我が子を幸せにできるだろうか?不幸にしていないだろうか?と。

まずは物質的なこと。
息子のおもちゃはほとんどが貰い物だ。同じぐらいの子どもがピカピカの好きなおもちゃに囲まれている姿をみると、わが子に経済的に豊かな思いをさせられなくてかわいそうだな、と思う。

食事も決して作り込んだものではなく、短時間でできるものばかりだ。凝った食べ物でなくてかわいそうだと感じたりする。

働いているので、じっくり遊ぶ時間が少なくて申し訳ないな、とも思う。

そして、すでに離婚している筆者としては、普段の生活で父親の存在がないことも申し訳ない、という思いにとらわれる。

保育園のお迎えの場面で、「おと~しゃ~ん」と、まるで生き別れた親子が再会するかのように、父親と子どもが抱き合うシーンをみると、正直、キューンと胸が痛む。

私は自分の父との間に、普段の生活の中での思い出がたくさんある。その光景が重なり、わが子から父親との思い出を取り上げてしまったのでは、と感じるのだ。

そして近い将来、物心がついたとき、日常での父子の姿を見た際に、わが子は辛い思いをしないだろうか?と。

「かわいそう」「申し訳ない」ふたつの思いが重なり、我が子は幸せだろうかと思い悩む。


そんなとき、「目を覚ませ!」とガツンと頭を殴られるような本に出会った。
ベストセラー『五体不満足』でも知られる、乙武洋匡さんの書、『自分を愛する力』だ。


乙武さんが生まれた時、乙武さんのお母さんは、彼を「かわいい」と言い、抱きしめたのだそうだ。そのエピソードに続いて、こんな記述がある。

「こんな身体に生んでしまって申しわけない」
 そう考える親のもとに生まれれば、きっと本人も「自分は不幸な身に生まれたのだ」と十字架を背負わされたかのような心持ちになるだろう。逆に「べつに手足なんて何本だっていいわよ」という、おおらかな親のもとに生まれれば、おそらくみずからの境遇を失望せずに生きていくことができるのではないか。
(略)
障害者として生きていくことは、本当に不幸なことなのか。はたまた障害と幸不幸には、何の相関関係もないのか。それは親ではなく、本人が生きていくなかで判断していくべきことだと思うのだ。


「身体」を「環境」に置き換えてみると、私がわが子をこんな環境で育ててしまって「かわいそう」「申し訳ない」と思い、態度に示すことは、「不幸な環境に生まれたのだ」と子どもを洗脳してしまうことになるのではなかろうか。

子育てをしていると、自分のモノサシで、幸せだったり不幸を測りがちだ。
そしてときに、「辛い思いをさせること」と、「不幸」を取り違えてしまう。

子どもを「かわいそうな子」、もしくは「申し訳ない」と思わないようにしたい。
暗に「あなたは不幸な子」と決めつけられては、「いや、自分は幸せだ」と思うことにも困難がともなうだろう。

子どもの幸せを願うのなら、まずは、子どもの幸せを邪魔しないこと。
少なくとも親が子どもの幸不幸を決めるべきではない。

子の幸せは、本人自身が決める。
子の幸せのために親がすべきことは、わが子が「大切な存在」であると伝え、おおらかに見守ることなのかもしれない。

福井 万里福井 万里
大学卒業後、大手システムインテグレータでSEとして10年間勤務も、東日本大震災を機に、本当にやりたいこと(書くこと)を生きがいにと決意し退職。2012年に結婚&長男を出産するも2013年に離婚、シングルマザーに。ライターとして活動を開始。