子育て界隈で、また全米を論争に巻き込む出来事が起こった。

現場となったのは、メイン州ポートランドで人気のある小さなダイナー。先月半ばのこと、1歳9ヵ月の女児を連れて朝食を食べに来た夫婦がパンケーキを3人分注文。小さなキッチンでは3人分の調理に時間がかかるらしく、その間に幼児がぐずり始め、その状況がじつに30分以上続いた後、ついに経営者が幼児に怒鳴った―― というのが、だいたいの流れだ。


SNSがある現在、そんな地方の出来事ですら拡散するのに時間はかからない。幼児の母親がその店のFacebookに苦情を書き込むと、経営者が応戦。それが拡散して、たくさんのユーザーがコメントを書き始めて炎上、地元テレビ局が経営者をインタビューし、ついには全米紙までが取り上げる事件(?)に発展した。

約1週間後、幼児の母親のタラ・カーソンさんが、かの『ワシントン・ポスト』紙に事の顛末についてエッセイを寄稿。すでにFacebookから削除されて見られなくなった、ダイナー経営者の応戦コメントのスクリーンショット付きで、自身の言い分をつづっている。

I'm the mom whose encounter with an angry Maine diner owner went viral. Here's what happened.
https://www.washingtonpost.com/posteverything/wp/2015/07/22/im-the-mom-whose-encounter-with-an-angry-maine-diner-owner-went-viral-heres-what-happened/?hpid=z5

「レストランを経営しているならとくに、赤ん坊に怒鳴るなんて許されないということが忘れられている。お客に良いサービスを提供しようと努力するべき。子どもが迷惑になっていると丁寧に伝えるべきで(そうであれば喜んで外に出る)、物を投げたり怒鳴ったり汚い言葉を言ったりするべきではなかった」

これだけ読めば、「そうだよね、ひどい経営者だよね」と思ってしまう。「大人が幼児に怒鳴りつけたり、客にテイクアウトのボックスを投げつけたりするなんて聞いたこともない!」と。

そんなふうに慰めてくれる人が2人のまわりには多かったのかもしれない。タラさんはわざわざ店のFacebookという公共の場に苦情を書き込み、こんなエッセイまで寄稿する気持ちになったのだろう。

しかし、事態は沈静化するどころか、このエッセイがまったく逆効果になっているようだ。7月27日朝の時点で、じつに8千件以上のコメントがついており、新しいものをいくつか読んでみたところ、タラさんに対する厳しい批判が目に付く。


日本でも、飛行機で泣く赤ん坊、電車内でのベビーカー、そして最近では幼児用ハーネスと、何かと槍玉に挙げる。そして、子どもないしは親子連れに煮え湯を飲まされ続けてきたかのような、すべての恨みをぶち込んだようなコメントが噴出するが、これもまさにそんな展開になってしまった。

この店は、そもそも経営者が「自分流」なところも人気の理由らしい。取材ビデオを見ればわかるが、かなり小さな店で、いかにもアメリカンなダイナーだ。タラさんは人気店でおいしいものを食べたかったのかもしれないし、幼児連れであちこちの店をのぞいてまわるなんてできなかったのだろう。

朝ごはんを食べに行く人の多い土曜日の朝、1歳9ヵ月の子と30分待ちと言われても待ち、さらに注文してから40分も店内で待つ。そんななかぐずる子どもをあやすために、夫婦は交代で外に出たりすることはなかった。

「子どもはメルトダウンしていたわけではない」「騒々しいダイナーでは誰も私たちを見てないと思ったし、迷惑になっているとも思わなかった」と言うから、夫婦はおおらかな性格なのかもしれない。アメリカはヨーロッパの一部と違い、「レストランはじっとしていられるようになってから」という風習があまりないにしても、だ。

TIMEが掲載したコラムには「子どもの泣き声に対するイライラを解決してくれること間違いなしの方法:子どもを持つこと」とある。

What the Toddler-Hating Diner Owner Teaches Us About Parenting
http://time.com/3967432/marcys-diner-yelling-at-toddler/

たしかに筆者の場合、とくに大人だけの世界を楽しんでいた学生時代から、親になる4年半前まで、子どもの泣き声にイライラする一人だった記憶がいまだに鮮明だ。ところが今、子どもの泣き声にすぐにはイライラすることもなく、まず同情してしまう自分が別人のようで苦笑することがある。

しかし、これだってかなり個人差があるし、状況によっても異なるだろう。それに、今回は「親の努力が足りない」と思われているところが多いにある。コメント欄でも、子どもが泣くことに対してではなく、やるべきことをやらずに周囲に理解を求めるばかりだったように伝えられる親に対して批判が集まっているからだ。

子どもがいようがいまいが、誰でも育児に対して一家言ある時代。こんな展開になることを本当にまったく予想せずに、Facebookに苦情を書き込んだとしたら、タラさんは相当悪気のない性格なのかもしれない。


そうこうするうちに、今度はまったく正反対の展開になった、ノースカロライナ州の夫婦がメディアに登場した。

Surprising Reward for Family Who Removed Screaming Toddler From Restaurant
https://www.yahoo.com/parenting/surprising-reward-for-family-who-removed-screaming-124938711122.html

3人の子どもとレストランに行ったこの夫婦の場合、ちゃんとお昼寝もして調子よく塗り絵をしていた2歳の次男が、想定外の癇癪を起こしてしまい、楽しいはずの外食が急変。

母親のメリッサさんは次男を外に連れ出し、落ち着かせてから店に戻ってきたが、しばらくして父親がまた次男を外に連れ出す羽目に。その上、7歳の長男が吐きそうだと言い出したので、メリッサさんは5歳の長女にテーブルで待つように言い聞かせ、トイレへ駆け込んだ。

そうして、いざ支払いをしようとしたところ、夫婦の子どもへの対応に感心しつつ同情した客の一人が、食事代を支払ってくれたと知らされる。さらに、それならチップを置こうとしたものの、現金の持ち合わせがなく(何でもカードで支払うアメリカではよくある)、近くのテーブルにいた人が代わりにチップを置いてくれたというのだ。

この件について取材を受けたメリッサさんは、メイン州での“事件”については先週まで知らなかったそうだが、「誰かが私の子どもに怒鳴ったら、ものすごく怒るでしょう」と言いながらも、「子どもがむずかりそうだとわかったら、すぐ外に連れ出す。そうするものでしょう?」と答えている。

目に見えて一生懸命に対応している親になら理解を示しやすいのは、日本でもアメリカでも同じだが、食事代もチップも払ってくれる人たちがいた、というのがいかにもアメリカらしい。

これからは「レストランでむずかる子どもは外に連れ出す」ことがアメリカでのスタンダードになりそうだ。

大野 拓未大野 拓未
アメリカの大学・大学院を卒業し、自転車業界でOEM営業を経験した後、シアトルの良さをもっと日本人に伝えたくて起業。シアトル初の日本語情報サイト『Junglecity.com』を運営し、取材コーディネート、リサーチ、ウェブサイト構築などを行う。家族は夫と2010年生まれの息子。