「保育園落ちた日本死ね!!!」のブログが一躍脚光を浴び、千葉県市川市での保育園建設反対による開園断念の話題など、待機児童問題をきっかけに、保育現場の話題はようやくマスコミと世間の耳目を集めるようになってきた。しかし「入る」ことにばかり注目され、「入った」後の様々な問題についてはなかなか言及されないのが実情。

保育施設に特化した危機管理コンサルタント・脇貴志氏の著書『事故と事件が多発する ブラック保育園のリアル』(幻冬舎)には、やっと入った保育園で我が子が遭遇しうる危険や、園・保育士が慢性的に抱えるブラックな労働環境について、鋭くメスを入れる。今保育園では何が起きているのか、保護者は何に目を向けるべきか、これまで3万件の事故現場を見てきた著者の脇さんにお話をうかがった。


―― 保育施設での事故は増加傾向にあるのでしょうか。

:事故の数自体は増えていないと思いますよ。とりあげる「露出」が増えただけ。児童虐待の件数もうなぎのぼりのように見えますが、あれもじつは「発見の精度」が上がっているだけとも考えられます。

今は街中でお母さんがきつめに叱っているだけでも虐待が疑われるでしょ。ノロウイルス感染症などにも同じことが言えると思いますが、報道される機会が増えたに過ぎない。ただ、保育の課題が表に出るのはすごくいいことだと思う。児童虐待も子どもの貧困問題も、もっと表に出てくるべきです。

―― 脇さんは著書「ブラック保育園のリアル」で、保育施設の危険な実情について書かれていますが、保護者が「ブラック保育園」を見極めるためのポイントはどんなところにあるでしょうか。

:それは簡単です。保護者が保育士に「保育の質ってなんですか?」ときいてみるんです。でもたぶん答えられない方が多いでしょう。なぜなら、それを考えていないから。国も明確には定義づけていないんですよ。保育士の養成校は資格を取らせることに精一杯で、保育の質までは考えさせていません。

保育の質についてはよく、「最低の人員配置基準が守られていること」と言われますが、それはコンプライアンスであり、質ではない。質はコンプライアンスのさらに上にあるもの。「保育の質」について保育士なりの答えがあるかないかで、その園の姿勢が分かると思います。別にそれが正解でなくてもいいのです。そもそも保育の質に正解は存在しないのですから。

―― 「保育の質」に対する答えとしてはどんなものが望ましいのでしょうか。

:たとえばディズニーランドで働くキャストに「お客様の満足度とは何ですか?」ときいたら、おそらく同じ答えが返ってくると思います。なぜなら、そういう教育を受けているからです。しかし、保育園で保育の質を毎日職員たちに問いかけ、考えさせているような園長は稀有なのが実情。

園長や主任クラスが保育の質についてつねに考えていれば、部下にもそれは伝播するもの。私に言わせれば、あきらかに園長をやってはいけないような人が園長をやっていることもあります。そもそも園長には資格がないじゃないですか。現場の職員は国家資格を持っているのに、管理職は無資格者。こんなめちゃくちゃな制度はありません。

法人によっては、園長の家に生まれたら園長になる資格が与えられるというところもあります。歌舞伎役者なの?って(苦笑)。でも、歌舞伎役者は物心つく前からお家の伝統芸を子どもに叩き込んでいくのに対して、園長が子どもに園運営の教育を叩き込んでいるという話は聞いたことがありません。そういう意味では歌舞伎役者さんに失礼ですね。保育施設では現場の保育士も不足していますが、あきらかにマネジメント層のレベルも不足しているんです。

―― 質に対する答えの内容ではなく、園長ときちんとしたやり取りができるかが重要ということですね。

:園長と適切なコミュニケーションを取れるかどうかですね。たとえばサッカーだって、選手が同じメンバーでも、監督が変わったことで急に勝ち始めたりするじゃないですか。組織の力とは、ほぼトップの力と同じ。だからトップはつねに危機感を持ち、自己研鑽をしないといけない。年がら年中園長がいないような保育園なんてお話になりません。

―― 保護者としてはどういう立ち位置で園とコミュニケーションを図るべきでしょうか。

:保護者はつねに「協力者」として発言することです。「利用者」として発言すると失敗します。こういう問題がある。我々保護者が協力できることはありませんか?と。

なぜなら保育は「サービス」ではなく「福祉」だからです。最大多数の最大幸福が前提なので。だから保護者側も提案をしながらコミュニケーションを重ねるしかない。しかし現状は保育園が「福祉」なのか「サービス」なのか、若干宙ぶらりんの状態。そもそも保護者は行政と契約しているにも関わらず、行政は入園時に保育施設のリスクに関して説明はしないって、非常におかしな話ですよね。

―― 最近保育士の待遇の悪さが取りざたされていますが、その件についてはどう思われますか?

:あれ、保育士当人たちというより、周りが騒いでいるように私には見えるのですが……。労働者の処遇は労働者が血を流して勝ち取るものでしょう? 保育士が結束して全国でストライキすればいいじゃないですか。個別の園で交渉しても国が保育士の処遇に関しての決定権を持っているので、全国の保育士が結束すべきだと思います。周りの人が怒って、国が動いてくれるのを指をくわえて見ているだけでは、自分たちが望む処遇は手に入らないと思います。他人から与えられたものは、また奪われることになると思います。

―― 「労働者」という意識が薄い……?

:労働者という意識が薄いというよりも、保育士という仕事の労働価値を正確に理解していないと思います。それって大問題だと思うんです。保育士は非常に専門性の高い仕事です。だけど利用する保護者側も、もしかしたら保育士自身も、その高度な専門性の意味をほとんど理解していない。子守の延長線上というイメージに安住していたら、「尊敬」は生まれませんよ。

たとえば看護師も弁護士も、みんな自分たちで価値や文化を作ってきました。30分5,000円以上(※編集部注:旧日弁連規程)という相談料は弁護士が作った弁護士の価値ですよね。自分たちがその専門性を理解した上で、「さすが保育士」と言われるものを持っているのが大事だと思います。

おそらくそれを持っていないがゆえに、自分たちの適正賃金をわかっていない。今「(保育士の賃金は)全産業の平均賃金より11万円安い」などと言われていますが、そもそも保育士としての適正な年収を誰も算出しようとしないので、そんな比較はナンセンスです。

―― 現状保育士さんの賃金は、安いと思いますか、適正だと思いますか?

:もちろん安すぎると思います。保育の専門性は昔に比べてどんどん進んでいる。子どものアレルギー問題、発達障害グレーゾーン児……対応しなきゃいけないことは増えている上に労働時間の長時間化で仕事量も増えているのに給料は上がらないなんておかしいですよ。もっとロジカルに考えていかないと、今後保育士のなり手がなくなってしまう。夢を持てる職種にならないと。

waki(写真:都内のある法人における園内研修で保育士に向けて講演を行う脇貴志氏)


―― 専門性の高い保育士さんに子どもを預けたい、というのはすべての保護者の願いだと思います。今後保育業界はどのような方向に変化していくとお考えでしょうか。

:早かれ遅かれ保育は自由化されると思います。そして保育園と園児の数的バランスが崩れる。つまり、現在の需要過多(園児が保育園より多い状態)から、少子化によって供給過多(保育園が園児より多い状態)になると、戦略のない園や特性がない園など、需給の変化に対応できない園や法人は淘汰されていくでしょう。現状の保育に対して危機感を持っているところが生き残り、そうした法人が他の法人を吸収して巨大化すると考えられます。メガバンク、証券、保険、コンビニ、ドラッグストア……どの業界でもプレイヤーが増えると、市場が一度、急拡大した後、需要が落ち着くと縮小します。そこから生き残ったものが大きくなってくる。そこでようやく「効率化」の話になるんです。

また、幼稚園による保育園の買収も今後増えてくるでしょうね。今ある幼稚園は「生き残って」来た人たちですから、競争を知っているし、戦略も明確です。競争を切り抜けてきた中で身に着けたしたたかさも併せ持っています。実際人気のある幼稚園は、高い給料で優秀な人材を集めています。関東のある幼稚園の園長に聞いたのですが、そこで働く職員の給与は、その園の地域で働いている女性の給与の中でもトップクラスの水準だそうです。例えば、このように業界そのものがドラスティックに変わってくれば、保育士を取り巻く環境も大いに変わると考えられます。

今まであまり言われてこなかった事務処理能力、特にICT化への対応力も保育士には求められてくるでしょう。まずは保育士自身が自分たちの価値を上げること。それが安心して子どもを預けられる保育施設への第一歩なんだと私は考えます。

【関連リンク】
脇貴志氏が代表を務める株式会社アイギスのサイト
http://www.aigis2009.co.jp/


西澤 千央(にしざわ ちひろ)西澤 千央(にしざわ ちひろ)
フリーランスライター。二児(男児)の母であるが、実家が近いのをいいことに母親仕事は手抜き気味。「散歩の達人」(交通新聞社) 「QuickJapan」(太田出版)「サイゾーウーマン」などで執筆中。