いよいよ今年の夏も、7月2日(土)から、アンパンマンの映画が公開される。第28弾となる今作のタイトルは、『それいけ!アンパンマン おもちゃの星のナンダとルンダ』。おもちゃの星のお姫様・ルンダと心優しいロボット・ナンダのお話だ。

アンパンマンの生みの親であるやなせたかしさんが亡くなられてから早や3年。“やなせイズム”はどのように継承されていくのか。今回の作品を担当された川越淳監督にお話を伺った。


おもちゃの星のお姫様ルンダは、「みんなが自分のために何かをしてくれるのは当たり前」と思っている、わがままな女の子。心優しいロボットのナンダに何でも任せきりで、甘え放題な毎日を過ごしていた。ところがある日、いろんなものをおもちゃに変えることができる大切な「おもちゃスティック」を落としてしまう。ルンダとナンダは慌てて探しに行くが、雷に打たれて離れ離れになってしまって……。


―― ナンダとルンダの物語は、どういった経緯でつくられたのでしょうか。

川越監督:以前は毎年、やなせ先生から映画のテーマについてご提案をいただいて、それをもとにストーリーをつくっていたんですが、先生が亡くなられて、それがかなわなくなってしまったんですね。今後はどうしようかとなったときに思い当たったのが、やなせ先生が残してくださった楽曲の数々。今回はその中から、アンパンマンこどもミュージアムのミュージカルショーでも使用されている『勇気のルンダ』をモチーフとして映画をつくることにしました。

新キャラクターのナンダとルンダは、『勇気のルンダ』のサビのフレーズ「ナンダナンダルンダ ガンバルンダルンダ」から生まれたんです。やなせ先生がいらっしゃらないので、キャラクターのビジュアルもゼロからつくりました。ルンダのビジュアルはわりと早い段階で決まったんですが、ナンダについては、どこかで見たことのあるようなロボットにならないよう、試行錯誤しましたね。


―― 『勇気のルンダ』の歌詞「勇気ひとつが友だちなんだ」は、『アンパンマンのマーチ』の歌詞「愛と勇気だけが友だちさ」ともリンクして、“やなせイズム”を感じさせます。川越監督が考える“やなせイズム”とは?

川越監督:やなせ先生は戦争体験者で、ひもじい時代とか、人間のひどいところなんかをたくさん見てきた方なので、考え方が甘くないんですね。その中で一番大切にされていたことが「優しさ」です。

アンパンマンは正義の味方ですが、ただ強くてかっこいいだけのヒーローではありません。自分の顔を食べさせたり、ぼろぼろになるまで戦ったりするし、雨に濡れれば弱って戦えなくなってしまう。そんなアンパンマンを支えているのが、困った人を助けたいという「優しさ」です。本当の強さというのは、優しさの上に成り立っている……僕らは“やなせイズム”の真髄をそう理解して、それをベースに映画をつくっています。

―― アンパンマンの映画は今年で28作目。長く続けられてきた中で、変わってきたこと、変わらず貫かれていることはありますか。

川越監督:僕は20代の頃から30年近くアンパンマンの制作にかかわっているんですが、昔の作品を観ていると、ときどきハッとすることがありますね。昔はもっと、やなせ先生の色が濃かったんですよ。それが時代に合わせて、少しずつ洗練されてきたんです。でも、やなせ先生ならではの色……愛と勇気、強さと優しさといった部分は、しっかり引き継いでいかなければいけないな、と。そうしないと、普通のアニメになっちゃいますからね。

―― 今作の見どころ、とくに力を入れたところなど、教えていただけますか。

川越監督:僕が監督を担当するのは3回目なんですが、前2作はちょっと力が入りすぎていたので、今回は子どもたちに飽きずに観てもらえるよう、明るく楽しい作品を目指しました。全体的な色のトーンなども、子どもが好むようなパステル調をメインにして、暗い場面をなるべくなくすことで、小さなお子さんでも怖くならないよう配慮しています。

オープニングのミュージカルシーンも見どころのひとつですね。振付師の方に実際に踊ってもらって、それに合わせてアニメーションを描くなど、時間はかかりましたが細部までこだわって制作しました。『勇気のルンダ』は『アンパンマンのマーチ』と比べると、子どもたちにはなじみの薄い曲かと思いますが、ストーリーの中で繰り返し出しながら、最後に立ち上がるきっかけになるよう演出しています。映画を観たお子さんたちにも、「ナンダナンダルンダ♪」と歌ってもらえたらうれしいですね。


―― 最後に、映画館デビューに不安を抱いているお母さんお父さんたちにアドバイスをいただけますか。

川越監督:子ども向けの映画なので、泣いたり騒いだりといったことも、みなさんお互いさまとわかっていらっしゃると思います。ですから、泣いたら泣いたでいいや、という気楽な気持ちでいらしてください。「どんな内容だったか」ということ以上に、「親子で一緒に映画館にきた」という体験のほうが、きっとお子さんの記憶に残ると思いますから。

初めての映画館はスクリーンが大きくてびっくりするかもしれませんが、小さなお子さんでも楽しめるよう、照明や音量も配慮されていますし、何より今回の映画はとにかく明るく楽しい作品なので、安心して映画館デビューしていただけると思います。

劇場版アンパンマンは、テレビアニメ版よりもスケールが大きいですし、映像も凝っていて、親御さんにとっても見応えのある作品となっています。親子で楽しんで、この夏の思い出にしていただきたいですね。

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筆者は3歳の息子とともに一足先に試写で拝見させてもらったのだが、息子はときにニコニコ、ときにハラハラしながらも、ずっと作品に釘づけだった。宇宙、山、砂漠、海……とどんどん変わっていく舞台や、遊園地のアトラクションを彷彿とさせる場面など、子どもを夢中にする工夫が満載なので、飽きることなく観続けられるのだ。

おなじみのキャラクターたちと一緒に手遊びやリズムに合わせて歌って踊れる参加型のパートも健在。『アンパンマンたいそう』では、自然と体が動き出す子も多いかもしれない。上映時間は62分。「歌あり、踊りあり、冒険あり」の展開は、映画館デビューのお子さんにも打ってつけだ。

お姫様ルンダのわがままぶりは、自我が芽生えて「イヤイヤ」を連発する第1次反抗期の子どもの姿とも重なる。ルンダが新たな仲間との交流やアンパンマンの強さと優しさに触れることで、少しずつ成長していく様子を見ていると、わが子もいろんな人との触れ合いの中で、勇気や優しさを身につけていくのだろうなと思わされた。

アンパンマンの元祖となる絵本『あんぱんまん』(作・やなせたかし、フレーベル館)の初版から40年。“やなせイズム”を受け継ぎながらも、時代に合わせて進化し続け、そしてテレビアニメ版以上に親子一緒の鑑賞体験として思い出に残る、劇場版アンパンマンの世界もぜひ堪能してみてほしい。


(c)やなせたかし/フレーベル館・TMS・NTV
(c)やなせたかし/アンパンマン製作委員会2016


『それいけ!アンパンマン おもちゃの星のナンダとルンダ』公式サイト
http://anpan-movie.com/2016/

加治佐 志津加治佐 志津
ミキハウスで販売職、大手新聞社系編集部で新聞その他紙媒体の企画・編集、サイバーエージェントでコンテンツディレクター等を経て、2009年よりフリーランスに。絵本と子育てをテーマに取材・執筆を続ける。これまでにインタビューした絵本作家は100人超。家族は漫画家の夫と2013年生まれの息子。趣味の書道は初等科師範。