新宿・歌舞伎町のほど近くの大久保に位置するエイビイシイ保育園では、日々、子どもたちの笑い声が響いている。ここは認可夜間保育園として運営しており、夕方以降、夕食を食べ、お風呂に入り、就寝する子どもたちもいる――

『夜間もやってる保育園』は、このエイビイシイ保育園を中心とした夜間保育に焦点を当てたドキュメンタリー映画だ。待機児童の解消が叫ばれる一方で、ワークライフバランスの見直し、働き方改革などにより、子どもと過ごせる時間を優先して、という意見も散見され、一筋縄では行かない保育の問題。

「僕自身も最初は夜間保育に対する偏見はあったかもしれない。だけど、偏見というのはそれを『知っている』人が持つもの。まずは夜間保育園の存在を知ってもらえれば」と語る大宮浩一監督に単独インタビューを行った。



■夜間保育=「ベビーホテル」? 報道のイメージがネガティブな先入観を植え付けていたかも


―― エイビイシイ保育園園長の片野清美さんから、夜間保育園についての映画を撮ってほしいとお手紙をいただいたことが今回の作品のきっかけ、と伺いました。オファーを受けてから、撮影に入るまでは時間がかかったのでしょうか。

大宮浩一監督(以下、大宮):片野園長から手紙をいただいたのが2016年の1月で、撮影が始まったのがその年の夏だったので、大体半年くらいでしょうか。

映画制作の依頼を受ける事は光栄で嬉しいことではありましたが、一方で自分は子育ても妻に任せっきりでしたし、保育に詳しいわけでもないので、どうしようかな、できるのかな、と考える時間が3ヵ月くらい、そして「作るぞ!」と決めてからエイビイシイ保育園に通いながら見学したりお話を伺ったりする準備に3ヵ月ほど費やしました。

―― 最初は「夜間保育って何?」という感じだったのでしょうか。

大宮:夜間預けられるベビーホテルの存在は知っていましたが、事故などの報道のイメージで、環境があまり芳しくないんじゃないか、とかあまりポジティブなイメージは持っていなかったんです。

ただ、事故があるから報道されているわけで、事故など起こらない普通の保育園がほとんどなはずなのに、その時はそこまで想像が及んでいなかった。だから、「覗いてやろう」みたいな興味がなかったかというと嘘になるかもしれない。

だけど、エイビイシイ保育園にお邪魔して、そのイメージは一掃されました。夜間保育園というからには、みんな夕方に子どもを登園させるのかと思っていましたが、午前中から来ている子たちもいますし、その時点で自分は何も知らなかったのだなと気づき、勉強させてもらおう、というスタンスで撮影に入っていきました。

■ハイハイする前の赤ちゃんや、熱心な食育。少しずつ理解して、想像して撮影を進めた


―― 実際保育の現場では驚くことが多かったのでは? 何か新鮮に感じたことはありましたか。

大宮:最初の印象はまずとにかく「賑やかだなー!!」です(笑)
子どもたちはもちろん、先生たちもコミュニケーションを取るのに大声で喋っていますから、慣れるまでは「何だこの空間は!?」とエネルギーを消耗してましたね。

あと、まだハイハイする前の本当に「赤ちゃん」がいることです。社会生活に入る前のまだまだ動物に近いような小さな子たちがこの空間にいるのかと。劇中では、僕が保育の現場に初めて足を踏み入れているという表明としても、「産後何日から預けられるんですか?」ときいています。「産休」という言葉は知っているけど、具体的に何日間なのかも知らなかったわけで、そこから少しずつ教えてもらいながら、理解して想像していきました。

途中、「夜間保育」という視点から少し外れてしまうかもと思いましたが、エイビイシイ保育園の食育にもフォーカスしました。片野園長の食育への熱意は「そこまでやる?」と驚くところもあって、昨年の今頃は給食で使うリンゴのために、理事長と栄養士さんたちは青森のリンゴ農園まで弾丸ツアーに出かけ、農家の話を聞いて、試食して……そんなこともなさっていました。

一方、同時期に、とある保育園では、給食をケチって半分に……なんてニュースもありましたよね。同じ保育の現場において、大人の考えで子どもにしわ寄せがいっているのか、と撮影中に色々な報道を見たことで、撮影先やそこに預けている親御さんの気持ちといい意味で比較できましたね。

かといって、エイビイシイ保育園などが素晴らしいんだという描き方はしたくなくて、これが当たり前なのであって、報道に出てくるような保育園は特別悪い例なんです。最初、僕の中でも夜間保育園のその特別な部分のみがインプットされていて、イメージ化していたんだなとちょっと反省はしましたね。


「エイビイシイ保育園」(東京都新宿区)


■夜間保育園が必要な社会を「善し悪し」で判断するのではなく、まず存在を知ってもらえれば


―― フラットな立場から映画を撮影された中で、現在の保育事情や環境に対して「課題」だと感じた点はありますか?

大宮:自分も含めてですが、主体性を持てなくなっているかもと思うことがあります。
こういう制度ができたから、とか誰かに決めてもらわないと何もできないのだとしたら、それは違うのではないかと。

もちろん、制度設計する側はきちんとしなくてはいけないけど、制度やシステムは完璧なわけはない。そこに時代や地域による多様性がなければならないし、住んでる地域や付き合いのある人同士で、オリジナルなことが生まれてきてもいいんじゃないか、それを制度側がいいところを取り入れていったりして少しずつ現場に近づいていくような変化があってもいいんじゃないかと思うんです。

待機児童を3年後にゼロにすると公約で掲げても、今困っている人は3年後には学校に上がっていたりして、リアリティがないようにも思います。ひょっとすると夜間保育園が無くても成立する社会が理想なのかもしれませんし、そのビジョンを持つ政治家の方がいてもいいと思います。

だけど、私たちも含む小さな社会がしなきゃいけないのは、今いる、この小さい子、小さな命を守ることではないでしょうか。制度設計しているうちに、命の危機もあり得るかもしれない。だから制度は制度で必要だけど、長いスパンも予算づけも必要です。

この映画をご覧いただき、ひとりひとりが子どもを守るためにできることのヒントになっていただければ嬉しいですね。そして、少しだけホッとしてもらえれば……。

―― この作品が夜間保育の認知に繋がることは間違いないですよね。

大宮:僕もお酒を飲みに行くことは嫌いじゃないし、深夜タクシーに乗ることもあります。救急病院もあるし、夜に動かざるを得なくなった大人のことまでは想像できていたけど、その人たちの子どもまではイメージできなかった。無意識に遮断していたんだと思います。

24時間社会になってしまったその善し悪しではなく、夜働いている人たちにも子どもがいるということ、その子どもたちのために夜間保育園がある、というその存在をまずは知ってもらえれば、と思っています。


『夜間もやってる保育園』オフィシャルサイト
http://yakanhoiku-movie.com/
東京・ポレポレ東中野、大阪・第七藝術劇場ほかにて公開中ほか全国順次公開中。
最新の劇場情報はオフィシャルサイトでご確認ください。

(C) 夜間もやってる製作委員会

真貝 友香(しんがい ゆか)真貝 友香(しんがい ゆか)
ソフトウェア開発職、携帯向け音楽配信事業にて社内SEを経験した後、マーケティング業務に従事。高校生からOLまで女性をターゲットにしたリサーチをメインに調査・分析業務を行う。現在は夫・2012年12月生まれの娘と都内在住。