1.30。去る6月に厚生労働省より発表された、2021年の合計特殊出生率(その年における15歳~49歳の女性の年齢別の出生率を合計した数字)だ。

6年連続で前年を下回り、出生数も過去最低ということで日本は少子化を更に超える「超少子化」の真っただ中にある。

近年、男性の育児休業の取得促進や幼保無償化など、子育て世代向けの施策に予算が投じられている。2022年4月から不妊治療が保険の適用対象となり、これまで自費だったものが原則3割負担となるのは大きな前進と言えるだろう。

一方で、私自身は少子化対策が講じられるたびに、「制度が拡充されても二人目を産む予定はない私には関係ない話だしな」と感じてもいた。その心理をまだ言語化できずにいる折に出会った1冊、「世界少子化考 子供が増えれば幸せなのか」(毎日新聞出版)は非常に示唆に富む良著だった。


毎日新聞の海外特派員が各国での少子化の現状をレポートするほか、多方面の識者へのインタビューを掲載している。

「合計特殊出生率0.81」が示す、韓国の高度経済成長と住居費の高騰


最初に紹介されるのは2021年の合計特殊出生率が0.81と日本を大きく下回る韓国だ。

成人男性の兵役義務や就職難、女性の社会進出などと合わせて、晩婚、非婚に大きく影響しているのが住居費だ。ソウル市内で家族が住むようなマンション、アパートは日本円で1億円以上が相場で、賃貸住宅を借りるにも多額の保証金を払う必要があり、若い夫婦には経済的なハードルが高い。

都市部に人口が集中し、不動産価格が高騰しているのは日本も同じくだが、儒教に基づく家父長制により韓国では結婚する際に男性が家を準備するのが慣習とのこと。伝統を重んじていることがうかがえるが、ここまで結婚に覚悟を決める必要があるのなら、しなくてもいいやと重荷になってしまう気持ちも理解できる。

加速する少子化に政府も危機感を強め、2021年度には少子化対策分野に46.7兆ウォン(約4兆5400億円)を投入し、うち約5割を住居に関する支援に割いている。

ただし5年に一度大統領が変わる韓国では、少子高齢化のような成果をあげるのに長期間かかる政策は後回しにされやすく、また政権ごとに大きく方針が変わってしまう側面もあるという。

また女性の社会進出は進んだものの、共働き家庭で、女性が家事・育児にかける時間が1日当たり3時間7分に対し、男性は54分と3分の1以下。日本の「ワンオペ育児」に相当する「トッバッ育児」という言葉もあるようで、以前当サイトでレビューした「82年生まれ、キム・ジヨン」に代表される女性のエンパワメントを描いたエンタメ作品がたくさん生まれている背景にも納得する。

国としては経済成長や社会保障制度の維持のために少子化を解消したい。だけど女性の尊厳がないがしろにされているとか、性差による不平等感が埋まらないことには出生数だけ増えても意味がないのではないかというのは私も思うところだ。

課題が山積みの様子も日本ととても似ているが、各国の男女格差を評価する「ジェンダーギャップ指数」において、2022年度、日本が146カ国中116位であるのに対し、韓国は99位。ますます勢いを増す韓国エンタメは人々の意識改革にどこまで寄与するのか、日本はそこに倣うことができるのか、カルチャー好きとしてはとても気になっている。

「お母さんに優しい国」フィンランドでも少子化は進んでいた


子育てや福祉の話題でロールモデルとして語られることも多い北欧からはフィンランドが登場する。

取得率8割超と言われる父親を対象にした育休制度(最大2ヵ月半、有給)がこの8月からさらに改革され、父親、母親がそれぞれ約7ヵ月、有給で取得できる。

近隣国のノルウェーでも男性育休が出生率の回復の一助になったと聞いたので、フィンランドも同じ道をたどっているだろうと思い込んでいたが、フィンランドにおける合計特殊出生率は2010年から低下が続き、19年には1.35(同年の日本は1.36)、出生数は同国最低を記録した。

充実した子育て支援や「お母さんに優しい国」のイメージとは裏腹に、子どもを必要としない人の割合が20代を中心に増えてきていることが人口研究を行う機関のリサーチでは明らかになっている。

彼らはあくまでも少数派で、なぜ子どもを必要としないのか個人的な事由までは追究していないものの、この章に登場する人たちからは「個人の選択の自由だから」というさらりとした雰囲気を感じる。

子どもが欲しい人には手厚く、そうでない人の意向も同じように尊重というスタンスは理想的だし好ましいけれど、少子化にともなう高齢化により税収が不足すると福祉国家の今後を不安視する層がいることもたしかだ。

統計やデータだけでは計れない実態の複雑さを垣間見た気がして、「理想郷みたいな国はどこにもないのかも」と腹落ち感を覚えた。

フランスとイスラエルの成功例を踏まえて改めて考える「少子化対策って何でやらなきゃいけないの?」


先進国で合計特殊出生率の高さを誇る代表として挙げられているのがフランス(2018年度が1.88)とイスラエル(2019年度が3.01)だ。

それまで異性のカップルのみを対象としていた人工授精や体外受精などが、独身女性や女性同士のカップルにも適用される法案が2021年に可決され、婚姻の有無やパートナーの性別に関わらず、すべての女性が子を持つ選択が可能となったフランス。

体外受精についてはイスラエルも強く促進しており、18~45歳までの女性が、2人目の子どもが生まれるまで全額補助しており、2018年の全出生数の5.1%が体外受精によるもの。この2ヵ国の取り組みを見ていると日本での不妊治療の保険適用も成果を発揮するのではと思う。

とはいえ、フランスの新法は多様な家族のあり方、生き方を求める当事者たちが議論を続けてきた結果と認識されており、少子化対策として捉える人は多くないそうだ。

イスラエルは経済成長率も芳しく、人口の74%を占めるユダヤ人は親族の絆が強く、大家族をよしとする価値観が根強いと記されている。

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歴史や文化の差を加味した上で、学ぶことはたくさんあるが、「どうして少子化を食い止める必要があるのか」を考えることが本著の要だと感じさせられた。

少子化少子化というものの、世界全体で見ると人口は増え続けている。これに気候変動の側面から警鐘を鳴らす団体もあるようだし、子どもを産むかどうか、産む人数について女性自身が意思決定できないケースが散見される途上国の問題もある。

東京大学大学院の教授で歴史社会学や言説社会学を専門とする赤川学氏は、少子化問題を女性の社会進出が進んだことによる当然の帰結と前置きした上で「どんな手段を使っても良いのであれば、出生率を上げるのに最も効果があるのは未婚者を処罰すること」と指摘している。

独身税を課す、見合いを強制する、または年金制度など社会保障を撤廃すれば子どもが「労働力」として必要になり、生き残るために子どもを産むかもしれない。まるでディストピアSFのような例に「やめてくれ!!」と叫びそうになった。

しかしこんな非人道的な政策がまかり通るわけはないし、誰もそんな社会を求めていないだろう。赤川氏は「経済成長の鈍化や現行の年金制度を維持できないことが問題なら、少子化でも経済成長さえすればよい」と述べ、さらに社会全体の幸福度を上げること、人生において「選択の自由」が保障されていることが何より大切だと強調している。

この点については、生産性が向上すれば経済成長率の低下を克服できると主張する識者もいれば、国内総生産(GDP)は経済活動を測定するための指標であって、経済的・社会的な幸福度を示すものではない、ここに反映されない価値もあるという専門家の言葉も引用されている。

少子化の解消そのものがゴールになって、数値の増減だけをクローズアップするのは本質でないなと感じていたので、幸福度を重視しようという意見には賛成できる。周囲から「一人っ子は可哀想」とか「絶対兄弟がいた方がいいよ」など言われたこともあるけど、私にとって最も幸福度が高いのが3人家族の生活だったのだと思う。第2子、第3子に対して出産給付金を出しますよ、保育料が安くなりますよとか金銭の補助で気持ちが揺らいだこともない。

一方で、イスラエルの人たちの大家族を幸せと思う気持ちも尊いし、不妊治療の保険適用により、これまで踏み出せなかった人たちに機会が巡ってくるなら喜ばしいことだ。そして子どもを持たないと決意するフィンランドの人たちへの異論もまったくない。

少子化と一言で言っても政治、経済、ジェンダーや人権など、取り巻く環境は非常に多層的だ。政策関連の記述はちょっと複雑なところもあるが、どの事例も興味深く、新聞社らしい骨太で硬派な筆致でぐいぐい読み進められる。私も付箋を貼りながら何度か読み直してみたい。

真貝 友香(しんがい ゆか)真貝 友香(しんがい ゆか)
ソフトウェア開発職、携帯向け音楽配信事業にて社内SEを経験した後、マーケティング業務に従事。高校生からOLまで女性をターゲットにしたリサーチをメインに調査・分析業務を行う。現在は夫・2012年12月生まれの娘と都内在住。