2011年3月11日14時46分、何をしていただろうか?
私は東京都内の自宅に当時4才の息子とふたりでいた。「大きいのがきたっ」と思って小さな座卓の下に子どもの体を押し込んだ。部屋の壁は聞いたことの無い音をたて、ベランダの洗濯物は見たことの無い動きで跳ねている。経験したことの無い揺れだ。「大丈夫だからね」と声をかけつつ、建物が壊れたらこの隙間でこの子は助かるだろうか、と考える。箱の中に入って振られている感覚で最初の揺れがおさまるのを待った。
テレビで震源を知り、ここじゃないところが大変な状態であることを知り、そのうち津波の情報が入り始めた。子どもがいるから表向きはかなり冷静だ。でも、テレビが報じる状況に呆然とし、繰り返す余震の中、強い緊張状態で過ごした。

続きを読む
私は東京都内の自宅に当時4才の息子とふたりでいた。「大きいのがきたっ」と思って小さな座卓の下に子どもの体を押し込んだ。部屋の壁は聞いたことの無い音をたて、ベランダの洗濯物は見たことの無い動きで跳ねている。経験したことの無い揺れだ。「大丈夫だからね」と声をかけつつ、建物が壊れたらこの隙間でこの子は助かるだろうか、と考える。箱の中に入って振られている感覚で最初の揺れがおさまるのを待った。
テレビで震源を知り、ここじゃないところが大変な状態であることを知り、そのうち津波の情報が入り始めた。子どもがいるから表向きはかなり冷静だ。でも、テレビが報じる状況に呆然とし、繰り返す余震の中、強い緊張状態で過ごした。

続きを読む